コロナ禍で生まれた自分だけの楽園

コロナから4年。今まで経験したことがないような非常事態に、人生や価値観が変わった人も少なくないのではないでしょうか? イタリアでは住居する市内で必要最低限の外出しか許されない、いわゆるロックダウンが2か月も続きました。

私もかつてないほど毎日24時間家族と一緒に過ごし、またリアル仕事はゼロになり、いろいろと考える日々を過ごしました。その裏で、人口1,800人でほとんどが顔見知りというこの村で、ある一人の女性が面白い方向へ人生の舵を切っていたとは、当時は知る由もありませんでした。

アンナはフィレンツェ出身。今彼女が住んでいる家は、司教区管理だった元教会と付属の建物でした。彼女の両親が結婚前にここに魅せられ、買い取ってリフォームして別荘に。アンナも幼少からここに慣れ親しんできました。しかし彼女が結婚して海外生活をしていた間、リタイアしてここに住んでいた両親が、その不便さからフィレンツェに引っ越すため、この家を売りに出そうと決めてしまいました。

するとアンナは、この家を手放したくない!と単身でここに戻ってきます。その後まもなく、コロナ禍に突入。まだ住民登録をしていなかった彼女には市からマスクが支給されず、マスクなしでは村に買物にも行けない状況になりました。しかし、ここからの彼女の頭の切り替えと行動がすごいのです。

「なければ、自分で作ればいいんじゃない?」

元々やっていた畑に加え、庭にあるもので何かできるんじゃない?と足りないものをオンラインショッピングで買い足し、体を洗うソープや掃除のための洗剤まで手作りを始めます。その知識は前から持っていたの?と聞くと、自分で調べまくってやっていくうちにどんどんハマっちゃったの!と嬉しそうに答えます。

そんな彼女が実践するのは、1970年代にオーストラリアの大学教授により提唱された「パーマカルチャー」。パーマネント(永続性)、アグリカルチャー(農業)、カルチャー(文化)を組み合わせた造語で、3つの原理と12の原則から成り立ちます。実際にやっていることを聞くと、自然にあるものだけを使って生態系を壊さずに土壌を作る。雨水を貯め、それを使い切るまたは循環させる。それぞれの植物の特性を生かし、生態系に負荷をかけずに良い循環を生み出す、などなど。

「乾燥に弱い植物の周りには、繁殖力の強いミントを茂らせて影を作るのよ」

彼女に案内されて庭を歩いてみると、どこが雑草でどこが植えたものなのか素人の私にはわかりません。ここはトライ&エラーを繰り返し、最適解を見出しながら作った、彼女だけの唯一無二の楽園です。

夏に満開を迎えるラベンダーは収穫して精油や芳香蒸留水に。秋のオリーブからとれるオイルは、食用で余った前年度分をソープやクリームの原料に。彼女の本業は、パリの研究機関でのリモートワークですが、「まだまだ時間が足りないの!」と、それ以外の時間はすべて、敷地内のケアや製品づくりに没頭しているそう。

数か国語を操る彼女は、WWOOF(有機ファームステイ)のホストでもあり、国際交流も楽しんでいます。日本人が来ると私をお茶に誘ってくれるのですが、私たちが日本語を話すと口元を見ながら同じ言葉を繰り返し、「今のどういう意味? 発音が可愛い!」と子どものように目をキラキラさせるアンナ。好奇心とほんの少しの行動力で人生はいつからでも変えられる。彼女を見るたび、いつもそう思わされます。

中山久美子
日伊通訳
コーディネーター