度を越した長時間労働に壮絶な職場いじめ……劣悪な職場環境に耐えかねたドライバーのAさんは、泣き寝入りすることなく、この状況を変えるために立ち上がりました。いったいどのような行動を起こしたのか、『大人のいじめ』(講談社)より、著者でハラスメント対策専門家の坂倉昇平氏が、実際にあったケースを紹介します。
許せない…朝5時起床→23時帰宅も「定額働かせ放題」で残業代ゼロ、限界を迎えた30代サラリーマンの“逆襲”【ハラスメント専門家が解説】
もう限界…Aさんが“働きながら”成し遂げた逆襲
話をAさんに戻そう。勤続5年目の2017年のことだった。耐えかねたAさんは、ユニオンに相談することを決めた。筆者は、最初の面談の日、「今朝倒れちゃって、点滴打ってからきたんですよ」と腕のガーゼを見せながら話すAさんの追い詰められた顔を、いまも鮮明に覚えている。
Aさんは当初、残業代を請求して会社を辞めるしかないと考えていた。しかし、筆者が、「嫌がらせをしてくる可能性はありますが、働き続けながら闘って、会社に改善させる選択肢もあります」と伝えると、Aさんは「働きながら、やれるんですか?」と目を輝かせた。こうして闘いが始まった。
当面の改善要求の焦点は、同社の長時間労働を加速させていた「事業場外みなし労働時間制」という制度だった。
これは、会社が労働者を指揮監督できず、何時間働いたかを把握するのが難しいという条件の場合に限り、労使で決めた数時間を毎日働いたものと「みなす」ことで、それ以上の時間外労働については追加の残業代を払わなくても良いという制度だ。何時間残業させても賃金は変わらず、「定額働かせ放題」となる可能性が高い。
そもそも、これは、携帯電話が普及していない時代の営業などを想定した制度で、外回りの労働者が働いているかどうかを会社が把握できない、指示もできないということが前提だ。
同社はこの制度を適用していたが、実際にはAさんは会社からの携帯電話への連絡で、顧客から来たクレーム対応に向かうよう指示されており、指揮監督が及んでいないとはとてもいえない状況だった。つまり、違法に残業代を払っていないということだ。
Aさんは、こうした証拠をコツコツ集めた。そして、数ヵ月後、会社に団体交渉を申し入れ、同時に労働基準監督署に労基法違反を申告した。
その結果、この会社の事業場外みなし労働時間制は違法と判断され、是正勧告が出された。そして、非組合員を含む、自販機飲料の運搬をしていた全従業員に残業代が支払われることになったのだ。同社は、事業場外みなし労働時間制を廃止することを発表した。
同僚たちから相次いだ感謝
過去2年分の未払い残業代相当分として、数十万円支払われた人も多くおり、長時間労働が認められて、なかには100万円前後もらった人もいた。「Aさんのおかげで新しいパソコンが買えました!」と報告してくれた同僚もいた。
休憩時間が取れていないという主張を会社は認めず、着替えの時間などカウントされていない未払い労働もあった。それでも、全担当者への支払いは衝撃的な出来事だった。
さらに、過去の未払い残業代だけでなく、今後は働いた分の残業代がちゃんと払われることになった。「定額働かせ放題」ではなくなったのだ。残業時間はすぐには短くならなかったため、月給が5万円くらい上がった人もいたという。残業代が重くのしかかるため、会社も残業の削減を促進するようになった。
Aさんは営業所内で感謝の的だった。しかし、それは、不当労働行為が始まるまでの、束の間の「平和」だった。
坂倉 昇平
ハラスメント対策専門家