ハラスメント対策専門家の坂倉昇平氏は、職場いじめが起きる要因として「労働環境の悪化」をあげます。そして、上司や同僚の丁寧なフォローを期待できない、余裕がない職場では“少しのズレ”が目立ちやすく、いじめのターゲットにされやすいという問題があるのです。坂倉氏の著書『大人のいじめ』(講談社)より、ADHDの会社員が受けた「職場いじめ」の実例とその背景を紹介します。
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発達障害者に対する職場いじめの“効果”
大人のADHDは、社会の変化によって「問題」化された?
ADHDに関する職場いじめの事例を見てきた。いずれも、上司や同僚の丁寧なフォローを期待できない、余裕がない職場ばかりだ。こうした職場環境の悪化が、ADHDの労働相談が増えている原因と考えられる。
ADHDの人は、研究によってばらつきがあるものの、成人の3〜4%ほどの割合で存在するという。日本には、およそ300万〜400万人いる計算になる。
では、近年、ADHDが話題にのぼるようになったのは、その特性をもつ人たちが実際に増えたからだろうか? ADHDなどの発達障害は、生まれつきの要素が大きいとされている。もともと一定の割合で存在していたのが、最近になってクローズアップされるようになったのだ。
日本で職場の発達障害が注目されるようになったのは、1990年代後半からのことである。2000年代になると、職場における発達障害についての記事が新聞や雑誌に多数掲載されるようになった。「長く続いた不況とグローバル化の進展によって、企業経営の厳しさが増し、従業員に対する要求が過大になってきた」「企業経営に余裕がなくなったために、従業員の多少の”ずれ”も重大な問題として認識されるようになった」と、分析される。
つまり、人員が削減され、労働者1人当たりの業務や責任が増えたことで、これまでことさら「問題」とされてこなかった労働者の「特性」が、「発達障害」として浮かび上がったと考えられるのだ。
Aさんの事例でも、職場環境に余裕があった前職では、さほど問題にならなかった特性が、現在の職場に転職した途端に「問題」になり、ADHDに気づいたというのは極めて象徴的だ。
日本では、ADHDが目立ちやすい?
さらに、ある臨床研究では、日本のADHDの人には、多動性や衝動性、不注意の全ての特性が多く見られたが、アメリカでは、不注意症状ばかりで、多動性や衝動性の特性は見られないことが多かったという。これは、日本では「多動性」や「衝動性」とされる振る舞いが、アメリカでは「当たり前」の行為なので問題視されにくいからではないか、と分析されている(中島美鈴『もしかして、私、大人のADHD?』〔光文社新書〕)。
これは、自分の意見を主張することが忌避され、大人しく指示に従うことが望まれる日本社会では、ADHDの特性が「問題」として顕在化しやすいということだろう。
日本でも、人員にゆとりがあり、業務量も適度な職場ばかりであれば、ADHDの労働者も「少し変わった同僚」ぐらいで、特に問題とされることはなかったはずだ。
しかし、「長い目でみよう」「ほかの人がフォローして、みんなで仕事をこなそう」「あなたの得意な仕事を頑張ればいいよ」などという余裕は日本中で失われ、ADHDの人たちにとって働きづらい職場がますます増えている。
坂倉 昇平
ハラスメント対策専門家