職場いじめに関してもっとも相談件数の多い医療・福祉業界。職員同士のいじめや施設利用者への虐待など、メディアやSNS等でたびたび問題となりながらも改善されないのはいったいなぜなのでしょうか。ハラスメント対策専門家の坂倉昇平氏が著書『大人のいじめ』(講談社)より、にわかには信じがたい職場いじめの実例と、その背後にある根深い闇を紹介します。
にわかには信じがたい「老人ホーム」「介護施設」の惨状…超高齢社会の日本で〈介護報酬引き下げ〉が繰り返された結果
新人は犬だから、しつけが肝心…いじめの裏にある“下賎な狙い”
シングルマザーのMさんは、介護福祉士の資格を取得し、株式会社の経営するサービス付き高齢者住宅で正社員として働き始めた。この施設で経験を積み、将来的にはケアマネージャーの資格を取ることを目指していた。
ところが、先輩の介護士から、シングルマザーであることを理由に「男に色目を使っている」と誹謗され、男性の職員と話していると「またデートの誘い?」と繰り返し嫌がらせを受けた。
さらにこの先輩介護士は、「新人は犬だから、しつけが肝心」「犬よりたちが悪い」と言い放ち、指示通りに動いても理不尽に𠮟責した。
朝9時が始業時間だったが、8時半に来るよう指示され、「子どもがいるから9時にさせてほしい」と相談すると、「子どもがいるから何なんだ」と𠮟られた。残業も頻繁にあり、終業時間が20時になることもよくあったが、残業代は払われなかった。
他の職員も、連続40時間勤務をすることがあったという。
実は、この職場では、先輩の介護士によるいじめは珍しいことではなく、新人に対して恒常的に行われ、これまでにも何人も辞めているということをMさんは知らされた。この「しつけ」に耐えきれない職員は、未払い残業にも耐えられないとして淘汰されるというわけだ。Mさんはストレスで不眠症と摂食障害に悩むようになり、休職することになってしまった。
介護職場に「劣悪な労働環境」が多い理由
介護職場の労働環境の悪化は、2000年の介護保険制度のスタート時から懸念されていた。行政がサービス提供の責任を直接負うのではなく、利用者と事業者の直接契約が原則となり、保育園よりもいっそう露骨に市場原理が導入された。
事業者は、利用者をかき集め、サービスを使わせるほど、行政から介護報酬を支給され、それが主な利益になる。保育園以上に利益目的だけで参入しやすく、株式会社の割合も激増した。
その結果、人件費や備品・設備の徹底的な削減に加え、短時間で数をこなす「効率」重視の不適切なケアを行わせたり、不必要なサービスを詰め込んだりと、介護の質や労働条件を劣化させる事業者が後を絶たない。
追い討ちをかけるように国は、もとから高くなかった介護報酬を、3年に1度の改定の際に、何度も大幅に引き下げた。このため職員の賃金は一向に上がらず、人手不足が加速し、労働条件の悪化、虐待や不正の横行がますます進んでいるのが現実だ。
坂倉 昇平
ハラスメント対策専門家