施設の“新しい友だち”と楽しい日々を過ごしていたが…

入居後のAさんは、思い描いていたとおりの快適な暮らしを満喫していました。入居後すぐに様子を見に来た息子たちにも「ここの暮らしはいいぞ。お前たちもしっかり働いて、将来は入居したらどうだ」と自慢げです。

ストレスだった部屋の掃除や洗濯、食事の用意も自分でする必要はなく、すべて施設のスタッフが行ってくれます。自宅で孤独に過ごしていたころより自由な時間が増えたAさんは、話し相手を探しに共有スペースにある談話室を訪れ、雑談を楽しむようになりました。

ある日、いつものように談話室を覗くと、男女4人が楽しそうに話しています。そのなかに、見かけたことのない男性も混じっていました。その男性は見た目の年齢も同じくらいのように見え、知的な雰囲気を醸しています。“新しい友人”ができると思ったAさんは、思わず声をかけました。

「どうも、はじめまして。先月から入居しているAといいますが、おたくは?」

「やあ、どうもどうも。Bと申します。私はね、この施設ができた頃からずっと住んでおりまして。ここでの暮らしには慣れましたかな?」

「いやあ、大先輩でしたか! これは失礼しました(笑)」

入居歴が長いことを知り、下手に出たAさんは、なるべく謙虚に努めて会話を続けました。しかし、かつて有名企業で働いていた自尊心が、無意識に会話ににじんでしまいます。

「失礼ですが、ご年齢は? お仕事はなにをされていたのかね?」と聞かれたAさんは、「もう結構な年でね。78歳になったんですが、現役時代はあの〇〇で有名なX社で部長をしておりましたよ」と自慢げに答えます。

これまで施設で出会った人たちのように、「すごいですね」と褒められ、話が弾むと思ったAさんでしたが、Bさんは予想に反して次のように答えました。

「なんだ、年下か。しかも部長止まりの。私はY社の役員でしたよ。今年で80歳です」

Bさんの見下すような態度に不快感を覚えたAさんは、早々に話を切り上げて談話室を離れます。しかし、その日の昼食時、中庭がよく見える窓際の席にAさんが座っていると、Bさんが近づいてきました。

「あんた、そこは私の席だよ。どいてくれ」

先ほどのBさんに対して面白くない気持ちが残っていたAさんが「そんなことは知らん」とぶっきらぼうに答えると、Bさんは持っていた椅子で杖を叩き、こう言い放ちました。「ワシに口答えするとはなにごとだ! どかんか!」

ささいな意地の張り合いの結果、掴み合いの大喧嘩に。騒ぎを聞きつけて他の入居者やスタッフが集まってきました。そのなかには、ちょうど面会のために施設を訪れていた息子の姿も。

「ちょっと! 父さん! なにしてんだやめてくれよ!」息子は急いで間に入り、興奮する父親を連れてその場を離れました。