一見望ましい母娘関係に見えても、その実態は複雑なものかもしれません。子どもへの愛が行き過ぎるあまり、過剰なまでに踏み込んでしまう……そんな母親がもたらす親子関係について、中野信子氏の著書『なぜ、愛は毒に変わってしまうのか』(ポプラ社)より、詳しくみていきましょう。

「感謝しています」と口では言うが…中学時代“過保護な祖母”に育てられた東大卒女性の「冷静な本音」【脳科学者・中野信子が解説】
あんたは気がきかない…なんでも先回りしてやってしまう祖母
毒になってしまう親のもう一つのパターンとして、「子どもになんでもやってあげる親」がいます。いわゆる過保護です。
「子どもはこれをよく知らないから」「子どもにはうまくできないだろうから」「心配だから」と、先回りしてやってしまう。どこへ行くにも送り迎えをしたり、子どもに何かが不足していると思うと、子どもが欲しいと言う前に買ってきてすべて揃えてしまったり。一見、やさしくて情の深い親のように見えるのですが、これが曲者です。
母親の愛が濃すぎるがゆえに、娘に逸脱した行動をとってほしくなくて、あれこれと注文をつけたり、こうしてはいけません、ああしてはいけませんと口うるさくコントロールしてしまう。逸脱した行動をとらせないように先回りして手助けし、これが子にとってはとても息苦しくなってしまうというケースがあります。
母親に対して言い返せずにいた娘がある日突然暴力的な行動に出てしまったり、言い返せないまま身体症状に出てしまったりする人もいるのではないでしょうか。
大学の後輩が話してくれた経験が興味深いので紹介します。
自分は中学時代、祖父母の家で暮らしていましたが、祖母がわりとそういうタイプでした。なんでも先回りしてやってしまい「常に先のことを考えているからね、私は」と、自分のほうがうまくできるということを自慢げに口にする人でした。
いうほど先回りできているわけでもないし、すべての想定内の出来事に対して常に準備をしておくことはコスパが悪く、新しいことがやりにくいのですが、スルーする以外にありませんでした。反論しても理解されないから意味がないし面倒くさい。
でも、この自慢と一緒に「あんたは気がきかない」「家事に向いていない」とさんざん言われました。ただ、それさえうまくかわしていれば、それ以上いじめられるわけでも攻撃されるわけでもない。だからとりあえず「感謝しています」と答えていました。
この祖母は、私が東大に合格したときはたいそう喜んで近所中に言いふらしていました。母はそういうことを外に言うことをよしとしない人。自慢するのはみっともないという考えでしたので、正反対の反応でした。この嫁―姑の対立も子の立場からすると実に面倒で疲れました。
ところでこうした祖母と母の反応は表裏じゃないでしょうか。私のアチーブメントに対するわだかまり、意識の大きさという意味では一緒だと思います。祖母も母ももっとフラットに接してくれたらいいのにと思っていました。
もちろん、自分が能力が高いからとか、人並み以上に頑張ったから難関校に入学できたのだ、ただそれだけのことで、祖父母も父母も関係ない、などとおこがましいことは考えていません。祖父母にも両親にも感謝の気持ちというのは持っています。
でも、私と両親、祖父母は別人格。私の合格をたいそうなことのように自慢されたり、本当は見せびらかしたいのに必要以上に謙遜されたりすると、どちらにしても過剰な反応に思えてしまって、私はどうしたらいいのかわからなくなり、気まずい思いをします。
彼女の場合は、心までコントロールされずに冷静に応じられるだけの余裕があったのがよかったのですが、ことによっては、自立することを妨げられ、自分の判断を否定され続けて、見捨てられ不安を常に感じ続けることになってしまったかもしれません。
中野 信子
医学博士/脳科学者/認知科学者