前妻からのLINEの返事

筆者は「このまま赤字を垂れ流すわけにはいきませんよ」と背中を押しました。悠介さんは背に腹は変えられないという感じで妻へLINEを送ったのです。

「早いもので離婚からあっという間に9年ですね。僕は去年に再婚し、今年に子どもが産まれました。今の手取りは40万。毎月4.5万円の赤字です。9万円の養育費を払うのは厳しいので減らしてください。お願いします」と。どうせ無視されるんだろう悠介さんは最初から半ば、あきらめていたのですが、LINEの送信から20日が経過。前妻からの返事が届いたのです。

「養育費を月9万払うって言うから離婚してあげたのに、途中で減らされるなんて詐欺じゃないの!」と。しかし、法律上、養育費は最初から最後まで同じではなく、家族構成や経済状況の変化など事情変更によって見直すことが認められています。(民法880条)

筆者は「再婚すること、子どもが産まれることを離婚するとき、予見できなかったら大丈夫ですよ」と後押ししました。そこで悠介さんは「気持ちは分かるけれど、何と言おうと減額の対象になるんじゃないかな」と返したのですが、前妻はそれでも納得がいかなかったようで……。

「子作りをしていいのは養育費をちゃんと払える場合じゃないの。子どもが産まれたら、養育費を払えないなんて、ちょっと無計画すぎるんじゃないの!」と強く反発したのです。

悠介さんとしては痛いところを突かれた格好です。実際のところ、まさか56歳で妊娠するとは思わず、避妊しなかったのは事実です。もし、前妻の事情(再婚、相続など)で養育費を下げたいと言えば、前妻はもう少し、聞く耳を持ってくれたかもしれません。

しかし、今回は前夫だけの事情。悠介さんの都合に前妻が振り回されているのは間違いありません。「ちゃんと養育費を払えないなら再婚しなければ良かった、子どもを作らなければ良かった」と批判されるのは当然といえば当然です。

前妻からの正論すぎる正論に対して、悠介さんはどのように答えたのでしょうか? 筆者は前もって「借金をしたら終わりですよ」と説明しておきました。そのことを踏まえ、「このままじゃ借金をしないと生活できない。でも、赤字のままじゃ返済できないから、ずっと借金を続けるしかない。でも、そんな自転車操業は長く続かないよ。あっという間にお手上げだよ」と伝えたのです。

そして筆者は「子どもは平等だと強調してください」とフォローしました。そこで悠介さんは「こっちの子どもが大事だから養育費を減らして欲しいわけじゃなく、利人(前妻の子)と同じくらいで十分。だって離婚した後、生活のために借金をしたことはないでしょ?」と続けたのです。

それでも前妻は「私は過去の話をしてるんじゃない。大事なのは将来なのよ。養育費を減らされて生活する私『たち』のことを考えたことはあるの?」と。

そこで筆者は「どうしても減額に応じてくれないなら猶予で妥協するしか」と計算しました。養育費の支払は残り4年です。4年間の養育費を毎月9万円から4.5万円に減額します。しかし、養育費の支払は4年で終わりではなく、長男が成人した後も4年間、毎月4.5万円を支払います。2024年11月から2028年10月までは当月の養育費、2028年11月から2032年10月までは不足分の養育費です。

悠介さんは「養育費の月額は半分になるけれど、全期間の養育費は離婚時に決めた金額と同じ。あくまで支払を猶予するだけで、減額するわけではないことを分かってほしい」と懇切丁寧に説明。そして前妻は最終的に「それなら……」と了承してくれたのです。

突然の妊娠、再婚によって二つの家庭を現状維持できなくなった悠介さん。二つ目の家庭のため、一つ目の家庭に犠牲を強いざるを得なかったのですが、親権者(今回は前妻)は離婚時、決めた養育費を最後までもらえる前提で人生を設計しています。

どんな理由があろうと人生設計を狂わすことに変わりはありません。とはいえ、身分不相応な養育費を無理して払うことで現妻の子どもを育てられないようでは本末転倒です。

統計(令和3年度全国ひとり親世帯等調査)によると母子家庭のうち、養育費を現在も受け取っているのは28%、一度でも受け取ったことがあるのは14%しかいません。一方、一度も受け取ったことがないのは57%に達していますが、半分以上の父親は養育費を支払っていない状況です。

そう考えると悠介さんにとった行動は決して褒められることではありませんが、二つの家庭を維持するためには致し方ありませんでした。悠介さんの場合、突然に振って湧いたトラブルでしたが、責任ある大人なら一つの財布で大丈夫なのかどうか……十二分の検討してから二つ目の家族を築いた方が良いでしょう。

露木 幸彦
露木行政書士事務所
行政書士・ファイナンシャルプランナー