人はしばしば、目先の利益にとらわれて大きく損をしてしまうことがあります。少し冷静になれば避けられたはずの失敗はなぜ起きてしまうのでしょうか。平成の時代に大問題となった「ゆとりローン(ゆとり返済)」を例に、行動経済学の観点から紐解いていきましょう。橋本之克氏の著書『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)より、詳しく解説します。
最初の5年は月8万円だが…6年目から月12万円、11年目から月17万円→自己破産へ。欠陥だらけの住宅ローン「ゆとり返済」の利用者が後を絶たなかったワケ【行動経済学】
恐ろしい…平成に流行した「ゆとりローン」の落とし穴
「ゆとりローン(ゆとり返済)」とは1992年から住宅金融公庫(現在の住宅金融支援機構)が販売していた問題のある施策でした。その仕組みは、当初5年~10年間の「ゆとり期間」中は返済金額を抑え、その分をゆとり期間終了後に上乗せして支払うというもので、6年目と11年目に返済額が一気に上がるというものです。
しかし、住宅を購入する人は、最初の5年間の返済額が少ないので楽観的に考え、将来も払い続けられると勘違いしてしまいます。貸主が、信用できる住宅金融公庫であるということも後押しして、多くの人が疑問を感じることなく飛びつきました。
ところがこのローンは、初めの返済が少ないからといって返済総額が少ないわけではありません。単に返済を後回しにしているに過ぎないのです。しかも、当時は現在のような低金利時代ではありません。高い金利で長期間借り続けることになります。結果的に返済総額がどんどん膨らみます。
景気回復を目論む政府は、このように危険な住宅ローンで金を借りさせることによって住宅購入を促進したのです。
この「ゆとりローン」が成立するためには、終身雇用や定期昇給が必要です。ところが1990年代半ば以降、名目的な昇進はあっても右肩上がりの昇給はなくなっています。逆にリストラや企業倒産が相次ぎ、収入を維持するのがやっとという状態でした。
ゆとりローンの返済額は、このタイミングで一気に上がります。
例えば最初の5年間に8万円程度だった月々の支払いが、6年目から12万円、11年目から17万円といった具合です。すると、返済できない人が急増します。同時期に金利の低いローンも出てきましたが、デフレによって担保となる住宅の価値が下がっているため、借り換えはできません。
返済期間の繰り延べなどの救済策もありましたが、結局は返済期間が長くなるため返済総額が増えます。焼け石に水といった状態です。
返済が滞れば最終的には、自宅の売却を迫られます。ただし「ゆとりローン」の場合、初期の返済のほとんどは金利の返済に充てられています。何年も返済したつもりなのに、元金はほとんど減っていないという状態です。従って、自宅を売却しても住宅ローンが残るという結果にもなってしまうのです。最終的には、自己破産せざるをえない人も現れました。
このような問題が明るみに出て、2000年に「ゆとりローン」は販売中止となりました。
この住宅ローンは、目先の返済額で誤解を招く商品です。また国が提供する商品ゆえの信頼性を利用したものです。家を持ちたいと願う人々の情報力や判断力の弱さに付け込んだと言わざるをえません。