人はしばしば、目先の利益にとらわれて大きく損をしてしまうことがあります。少し冷静になれば避けられたはずの失敗はなぜ起きてしまうのでしょうか。平成の時代に大問題となった「ゆとりローン(ゆとり返済)」を例に、行動経済学の観点から紐解いていきましょう。橋本之克氏の著書『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)より、詳しく解説します。
最初の5年は月8万円だが…6年目から月12万円、11年目から月17万円→自己破産へ。欠陥だらけの住宅ローン「ゆとり返済」の利用者が後を絶たなかったワケ【行動経済学】
問題だらけの住宅ローンだが…利用者が後を絶たなかったワケ
しかしながら、これほど問題のある住宅ローンを大勢の人が利用してしまったのですから、そこには何か理由があるはずです。行動経済学の視点で考えると、まず「解釈レベル理論」の心理的バイアスが働いたと考えられます。
人は心理的距離が遠い対象に対しては、より本質的・抽象的・上位的な点に注目して解釈し、近い対象には、より副次的・具体的・下位的な点に注目するという理論です。
ローンを借り入れるタイミングはマイホーム取得を目前にした、心理的距離が近い状態です。そうなると、ローン返済の基盤となる将来の生活設計、冷静に行うべき長期的な家計の収支計算などがおざなりになります。目先の安い返済額に目がくらんでしまうわけです。
もう一つは「時間割引」の影響です。人は「すぐに」もらえる報酬ほど、その価値を大きく感じ、もらえる時期が遅くなると、その価値が減っていく傾向にあります。これを「時間割引」や「時間選好」と呼びます。人は、将来の報酬を現在の報酬に比べて低く(つまり、割り引いて)評価するのです。ここで割引く率は時間割引率と呼ばれています。
例えば、1年後に1万500円もらうか、今1万円もらうかと聞かれると、かなりの人が目先の1万円を選んでしまうことでしょう。時間割引によって、将来の1万500円が実際よりも安く感じられたのです。
この例を、金融機関の商品に置き換えて考えてみましょう。
「今1万円をもらわずに、1年後に1万500円もらう」とすると、これは1万円を預けて1年後に年利5%の利息が付く金融商品を手に入れたと同じことです。しかもこの場合、現実の投資商品と違って元本は減るリスクがありません。現在の普通預金の金利が1%にも遠く及ばないことを考えると、かなりおトクな商品です。「1年後の1万500円を選ばない」ということは、このおトクな金融商品を選ばないと同じことなのです。
時間割引の影響を受けると、冷静な判断をできず、将来よりも目先のメリットに飛びついてしまい、チャンスを失ってしまいます。