ブラック企業をやめられない心理

集団と個人の関係については、昔から様々な研究が行われてきました。そこでの発見の1つに、人間は「不自由な状態をあえて選ぶ」という考え方があります。人の心には「自由から逃げる」かのように、自ら進んで組織に縛られたいと望む心理があるのです。

これについては、著名な心理学者エーリッヒ・フロムの名著『自由からの逃走』に詳しく述べられています。同書に書かれた人間心理の姿を、ごく簡単にかいつまむと以下のようになります。

人々は束縛からの解放を求めてきました。ヨーロッパでは、戦いによって中世の束縛から解放されて自由を獲得します。

ところがその結果、生き生きと自由を謳歌する状態にはなりませんでした。むしろ過去に頼りにしていた権威を失って、人々は孤独感や虚無感を感じるようになってしまいます。そして、落ち着かない気持ちを解消するために、よりどころを求めるようになります。

するとそこへ、心の隙間を狙って様々な権威が現れます。人々は渡りに船とばかりにその権威を信じ、頼るようになってしまうのです。

フロムはユダヤ系ドイツ人です。ドイツ国内で研究活動を行っていましたが、ナチスが政権を握る第二次世界大戦直前に、ドイツを出てアメリカへ移住しました。

同書における「権威」として、ナチズムが詳しく分析されています。

フロムは短期間にナチスが勃興し、ドイツ社会に受け入れられるまでを目の当たりにしました。ドイツ国民が自由を捨てて、熱狂的に独裁者ヒトラーやナチスを支えるようになるまでを、自分の目と耳で見聞きしたのです。その経験を基に、人が自由から逃走するメカニズムを解き明かしています。

ただ、不自由な環境や状態を進んで受け入れる心理は、当時のドイツ国民だけのものではありません。例えば「なぜ、あんなにひどい会社にいつまでもいるのだろう」と思ってしまうような例は、今の日本でも実在します。

もしかしたら人の心に、自由から逃げる心理があるからこそ、こういった不合理な選択をしてしまうのかもしれません。

従ってフロムの分析を、何十年も昔に遠い国で起きた他人事としてとらえるべきではありません。誰もが常に、自由から逃げてはいまいか、自分に問いかけることに意味があると思います。