人の行動は、選択を禁じることも、ご褒美をあげることもなく、“ちょっとした工夫”でより良い方向に変えることができます。「行動経済学」の考え方と効果について、グーグルのニューヨークオフィスの事例を交えてみていきましょう。橋本之克氏の著書『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)より紹介します。
社員の寿命を2年延ばす…グーグルが社員の健康のため〈ニューヨークオフィスの食堂〉に取り入れた“驚くほどシンプル”な工夫【行動経済学】
男子トイレにシールを貼ると清掃費が下がる
ナッジの訳は「ひじで軽く突く」というものです。選択を禁じることも、インセンティブを大きく変えることもなく、予測できる形で人々の行動を修正する仕掛けや手法です。
これは、シカゴ大学教授のリチャード・セイラーらが発案したもので、「人々に必要な情報を提供すれば経済行動をより合理的な方向に変えられる」というものです。
そのナッジの典型的な事例が、アムステルダムの「スキポール空港のトイレ」です。
ここの男性用小便器の中には小さな黒いハエの絵が描かれています。中央ではなく少し左側に描かれ、自然に止まっているように見えます。用を足すときに利用者は無意識に、このハエを狙おうとします。
非常に簡単な仕組みですが、飛沫による汚れ率は80%減少したそうです。結果的に、空港トイレの清掃コストが8%減少したと試算されています。
ハエの絵の代わりに「トイレをきれいに使いましょう」と張り紙をしても、おそらく効果は薄かったでしょう。利用者の良心に訴え、小言のようなメッセージを伝えても、人の行動は変わらないのです。
ナッジを活用して人々を無意識のうちに誘導することで、清掃費を削減し、多くの人々がメリットを享受しました。
今ではこの手法が、弓矢の的やサッカーゴールのデザインなど、様々に形を変えて世界中のトイレで役立っています。
橋本 之克
マーケティング&ブランディングディレクター/著述家