質の高いモノ・サービスが、安価で手に入る日本。これはひとえに企業努力の賜物ですが、実はこの裏で苦しんでいる人たちがいるのです。ルポライター増田明利氏の著書『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)より、クリーニング店オーナー(58歳)への取材でみえた、日本の小規模店舗が直面している“シビアな現実”を紹介します。
3万円のご祝儀がキツい。夫婦でクリーニング店を営む58歳男性、午後4時半で店番交代→自転車で15分かけてパート仕事へ…“安いニッポン”の裏で苦しむ「小規模店」の実態【ルポ】
贅沢と趣味を諦め、切り詰めた生活…目標は“現状維持”
「贅沢は御法度なのはもちろん、ゆとりのある生活とも無縁。いつもお金のことを気にしている。トイレットペーパーを買うのだってどの店が安いか調べてからじゃないと買わないし、ちょっと外出するときも20分ぐらいの違いなら安いルートで移動する。いじましいと思うね、ホント」
最近の大きな買い物は扇風機。今まで使っていたものはタイマーが壊れ、モーターの調子もおかしいらしく30分ぐらい回していると熱を帯びるようになった。それでも騙し騙しで夏を乗り切り、秋口に量販店の展示品特別処分セールで元値の半額以下になったときに来年から使おうと買ったものだ。
「金銭的な余裕がないと交際の範囲も狭くなってしまいますね。同業者の寄り合いにもめっきり参加しなくなった。商売が良かったときは花見とか暑気払い、忘年会などに参加していたけど今は5,000円の参加費も払えない」
釣りが唯一の趣味だったがここ最近はすっかりご無沙汰。釣り仲間が誘ってくれても適当な理由で参加しなかったので、最近は誘ってもくれなくなった。
「最近は親戚付き合いも重荷に感じることがあります」
特に慶弔事、法事など。
「去年、今年はわたしの甥っ子が2人、妻の方の姪っ子が結婚しましてね。伯父さん、叔母さんだから披露宴にお呼ばれするわけです。今どきは3万円包まなきゃみっともないじゃない。結婚しますという通知があると、それはめでたいと思うけど、いくらかかるんだと考えてしまう」
来年の5月には自分の母親の七回忌がある。お寺でお経をあげてもらってその後の食事会となるといくらかかるか心配になる。
「お布施として20万円ぐらい出さなかったらどう思われるか分からない。ご本尊さんとお墓に供えるお花代も1万円するらしいですし。御仏前を頂戴するけどそれだけでは賄えない、数万円の持ち出しになると思います」
お見舞い、快気祝い、子どもの誕生祝い、進学・卒業祝い、お中元、お歳暮、お香典、餞せん別べつ……。社会的儀礼や付き合いで必要になるお金は結構な額になる。
「この生活の先に何があるのか? って思うことがあります。朝から晩まで働いて、ただ生活していくだけ。自転車操業っていう言葉がありますけど、今の生活はまさにそれですよ。とりあえずペダルを漕いでいればいいけど、足が止まったら倒れてしまう。正直怖いですね」
最近は経済的な不安に比例して夫婦の会話もめっきり減ってしまった。時々だが互いにイライラしていることがある。どうでもいいようなくだらないことで言い合いになったことも数回。
「今の目標ですか? これ以上悪くならないこと。これに尽きる」
自分たちの生活がV字回復するのは不可能に近い。ならば現状維持、そう願うだけだ。
増田 明利
ルポライター