75歳を目前に、脳卒中で倒れた妻…

もうすぐ75歳を迎える富永さんは、妻の洋子さんと楽しみにしていた温泉旅行に出かけました。夫婦で訪れる初めての場所で、景色を楽しみ、美味しい料理を堪能し、笑顔の絶えない時間を過ごしていました。

しかし、富永さん夫婦に、突如として悲劇が訪れます。

旅行の最終日、朝食をとっているときに、洋子さんが急に呂律が回らなくなり、身体も動かない状態になりました。富永さんは驚きと不安に駆られるなか、すぐに救急車を呼びました。病院に到着した洋子さんは、緊急の検査を受け、医師により告げられた病名は「脳卒中」でした。

洋子さんは左半身麻痺が残り、リハビリが必要になるという厳しい現実が待っていました。昨日まであんなに元気だった洋子さんが、突然歩くことも話すことも難しい状況になってしまったのです。

「これからどうなるのだろう……」頭を抱える富永さん。今後の生活を考えると、不安しかありませんでした。

敦司さんは妻と「サ高住」に住むことを決意したが…

その後、妻の洋子さんは懸命のリハビリの甲斐あって、一部麻痺が残ったものの、なんとか日常生活を送れるまで回復しました。とはいえ、富永さんが洋子さんを支えることが増えるなかで、肉体的、精神的な負担を考慮し、夫婦で高齢者施設に入居することを決意しました。

以前から、富永さん夫婦は、将来は「サービス付き高齢者向け住宅」に移り住みたいと考えていました。その高齢者施設は、自宅から車で15分ほどの山の手にあり、景色が美しい場所にあります。夫婦で何度か見学に訪れており、とくに洋子さんがその施設をとても気に入って「こんな素敵な施設で老後生活を送れたら、最高ね!」と語っていたのです。

しかし、その施設の入居には、一人当たり1,000万円、夫婦で合計2,000万円の費用がかかります。実は、富永家では、昨年、自宅の老朽化にともなう大規模な修繕が必要となり、資産の大半を使い切ってしまったため、残る預貯金は、200万円程度まで目減りしていました。

「妻のためにも、これからの生活のためにも、この施設に入居するのが最適だと思う。でも、資金が足りない……」

今まで尽くしてくれた洋子さんの希望をなんとしても叶えたい富永さん。しかし、そこには、現実的な問題が立ちはだかっていました。

年金事務所の職員から「まさかの事実」が告げられる

数日が経ち、富永さんは繰り下げた年金は一括で受け取ることが可能、と記事で読んだことを、ふと思い出しました。10年間繰り下げをしてきた富永さんは、これを一括で受給して、入居金の2,000万円に充てることを決意します。

「これで2,000万円を準備できる……」と安心した富永さんは、早速年金事務所を訪れました。しかし、そこで年金事務所の職員から、思いもよらない事実を告げられます。

「敦司さまの場合、10年間の繰下げ受給期間のうち、5年前までしか遡ることができません。そのため、敦司さまが受け取れる年金額は、5年分の約1,400万円となります」

職員の言っていることが理解できず、「5年分しか受け取れないとはどういうことだ!」と声を荒げる富永さん。職員は落ち着いて説明を続けます。

「今回の一括受給については、時効により5年前までしかさかのぼれないと定められています。敦司さまの場合は10年間年金を繰り下げているため、最初の5年分は請求できないのです」

その事実を知り、富永さんは愕然としました。計画していた2,000万円が準備できないとなると、「このままでは200万円の貯金を合わせても、400万円足りない。どうすればいいんだ……」と頭を抱えます。