家事が楽しければ毎日が楽しい

ネーミングがどうも悪い。「家事」と聞いて、楽しいことを連想する人は誰もいないんじゃないかな。

「家の事」と書いて家事。その通りなのだが、家の事ってあまりにざっくりで、なんだか雑に呼ばれている気がしてならない。かといって、気の利いた呼び名も思い浮かばないが、もう少し世の中の主婦(主夫)のみなさんに敬意を表して、ランクアップしたネーミングをつけてあげたいものだ。

「家の事」というが、家事といえば中身はほとんど掃除と洗濯と料理だろう。リビングでYouTubeを見ながら自分ではヨガと思ってやっている変なポーズや、カウチに寝そべって昼間のテレビ東京を見ている奥様を見ても、誰もそれが家事だとは言わない。

でも、なんだか家事以外のほうが楽しそうでもある。このあまり楽しげじゃない家事を時給に換算すると、約1,470円になるという。月給だと16万1,250円! 

どうだろうか? 結構な価値ではないだろうか。しかもこれが、お父さんたちが会社でやっている仕事と違って、もし楽しかったら? 

妻の死と向き合い、家事のスイッチがONに

私の場合は、わざわざ家事を楽しくなどしなくても、家事が楽しくてしょうがない。

まだ妻が生きていた頃は、完璧なまでに家事をこなす妻がいたため、私の出番はほとんどなかった。いつもきれいに整頓されていて、掃除が行き届いた部屋。栄養バランスを考えた美味しい食事。新品のように畳まれたTシャツ。

妻は何がモチベーションだったのかは今になっては知る由もないが、とにかく家のことで私が口出しすることなど何もなかった。妻の家事労働を月給換算するなら、私のサラリーではおそらく雇えない額だっただろう。しかし、そんな妻は還暦を待たずして、天国へと旅立ってしまった。

あの日から、あんなに掃除が行き届いていた部屋はホコリだらけになり、2匹の犬はまるでマンションに住む野良犬。毎日カップラーメンとエイヒレと酒だけの食事。物干しからそのまま乾いたシャツを着る日々。おそらく、家事ができないひとり暮らしの男の部屋とはこんなものなんだろう。

私の場合は、家事ができないのではなく、この頃は家事をやる気力がなかったのだ。家事は、自分のためにはなかなかやらないのではないか。亡くなった妻も、私が気持ちよく過ごせるようにと、私のために家事に励んでいたような気がする。単純に言えば、来客があるから掃除をするようなものだ。

当時は、どうやって生きていたのかもあまり記憶になく、ただ息をしていただけの生活だった。それから時間が経ち、元々なんでもマメにやるほうの私は、盛大な断捨離を実行することになる。

捨てたのは、主に食器類と妻の衣服だ。もちろん、妻が寝ていたベッドや家具類などもことごとく捨てた。捨てて捨てて捨てまくって、それから私は妻と暮らした家を引っ越しすることにした。それが、今の古いオンボロマンションである。

それからようやく妻の死と向き合えるようになり、妻の写真に向かってたくさんの思い出を語るようになった。いつまでも悲しみの淵に沈んでいてはダメだ。前へ進もう! 妻が生きていた頃のように、きれいに掃除をして、料理を作り、シャツにアイロンをかけよう。30年も妻がやってくれたことを、今やめるわけにはいかない。

時間はかかったが、ようやく私の心にも血が通い始めた。そして、家事のスイッチがカチッと音がしてONになった。