同じことを何回教えてもすぐに忘れてしまう、突拍子もないことを言い出すのが「認知症」の特徴といえます。家族が認知症になってしまったら、その介護は一筋縄ではいかないことでしょう。しかし、患者も家族も、ともに笑って過ごせる関わり方がある、とエッセイストの阿川佐和子氏はいいます。阿川氏の著書『話す力 心をつかむ44のヒント』(文藝春秋)より、詳しくみていきましょう。
真実なんてどうでも良い
これは私だけでなく、女優の藤真利子さんも実践していらしたようです。
藤さんのお母様も認知症になり、娘の真利子さんが世話をなさったそうです。あるときお母様が、「私は女優よ」と言い出した。いえいえ、女優は私、お母さんは女優じゃないでしょと、真利子さんは否定しませんでした。かわりに、
「あら、女優だったの? 今、何の映画を撮ってるの?」
「恋愛映画」
「まあステキ。相手役はどなた?」
そんなふうに話を広げていき、そして、
「女優さんならきれいにしておかなきゃね。明日、美容院に行きましょう」
さりげなく外へ連れ出すきっかけを作られた。お見事です!
こうして私も藤真利子さんも、なんとなくですけれど、話がかみ合わない関係であっても、相手の思っていることや言いたいことにそのまま乗る! 乗った上に、さらに話を広げるコツを身に付けました。
真実なんてどうでもいいのです。問題は、認知症である人間が、どれぐらい心地よく話せるか。心地よく話している話題にポンと乗ってしまえば、「また忘れてる」「本当はそうじゃないでしょ!」「さっきも言ったでしょ!」なんてイライラせずにすむ。そしてこちらも楽になるという好循環が生まれるのです。
阿川 佐和子
作家