いつもにこやかなのは良い

以前、「おはよう」とか「久しぶりー」とかいう場面で、いつもブスッとしている友だちがいました。なんだか不機嫌そう。怒ってるのかな。遅刻してないけど、私に不満があるのかしら。声をかけないほうがいいかしら。会った途端に気分が落ち込みます。

顔のつくりのことを言っているわけではありません。怒ったような顔をしている人はときどきいますが、そんなお顔でも機嫌がいいか悪いかの区別はつくものです。鬼のような怖いつくりの顔なのに、その顔のまま、「アガワさんに会えて嬉しいなあ」と言ってくださる人もいます。そういう人を、むしろ羨ましいと思うこともあります。

だって、怒っているのかなと思ったら、ときおりニンマリしてくださる。そのときの笑顔のありがたさは、普段からニコニコしている人より100倍、御利益がありそうなんですもの。

でも、くだんの友だちは、顔が怖いわけではありません。凜々しくて美しい顔なのに、その日の最初の出会いの瞬間は、いつも本気で不機嫌そう。その後、しばらく話していると、決して不機嫌でないことがわかります。ならばどうして最初にそんな顔をするの? 聞きたかったけれど、聞けないまま、今は疎遠になりました。

嫌いになったわけではないですが、会うたびに不満をいっぱい抱えているような顔をされると、こちらも気分が晴れず、お喋りをする気がなくなってしまいます。

その友だちを見て、心に期したのです。とにかくその日の最初の出会いが大切だ。機嫌よく、にこやかに挨拶をしよう。それだけで、たいした話題が浮かんでこなくても、コイツとお喋りをしたいという気持が湧いてくると思うのです。笑顔の御利益は少なくても、声をかけやすい人間でいようと決めました。

以前、私の担当だった男性編集者は、どんなに仕事が詰まっているときも、会うとなんだか嬉しそうな顔をする人でした。格別、私との仕事が楽しいわけでもなさそうなのですが、機嫌の悪い顔を見たことがほとんどない。私の原稿が遅くなっても、前回のインタビューがうまくいかなかったなあと私がうなだれているときも、会えばいつも機嫌がいい。でも、じっくり話をしてみると、案外、愚痴と不満が多い人でした。

ああいうことをする人の気がしれない、そういうことにはちっとも感動しない。政府はなにをやっているんだろう。けっこうきつい言葉を吐くのです。それなのに、彼と会うとちっとも不安にならないし、不快感も生まれないのは、会った途端の顔が、いつもにこやかだったからだと思います。

阿川 佐和子
作家