夫婦が別れるシチュエーションは離婚、もしくは死別の2つでしょう。もし熟年夫婦が離婚を検討する際、恐ろしいことですが、現実的な問題として「死別」のケースを考えてみると、意外な事実がわかるかもしれません。本記事では丸山さん(仮名)の事例とともに、行政書士の露木幸彦氏が熟年夫婦の離婚と死別を比較、検討していきます。
年収1,200万円の71歳夫と別居18年…「離婚」より「死別」を待つ“69歳・熟年妻”の恐ろしくも賢い決断【行政書士が解説】
亡き父から受け取った夫の相続財産
孝さんの財産のなかには、丸山家が代々守ってきた財産(実家の土地建物、墓や駐車場など5,000万円相当)があります。孝さんは父が亡くなったとき、この財産を相続しました。しかし、これらの財産は孝さんが長男だから得たものであり、妻のおかげではありません。内助の功とは関係がないので離婚の条件には含めませんでした。
もし、離婚しない場合、妻には孝さんの財産を相続する権利が残りますが、実家の財産もそのなかに含まれます。どんな遺言を残しても妻には遺留分があるので一切、相続させないことは不可能です。一方、離婚すれば元妻の相続分はゼロになります。つまり、離婚することで妻に渡る財産を大幅に減らすことができます。
離婚と死別の比較
しかし、妻は孝さんの提案を受け、そのことを息子に相談。そうすると息子が妻に弁護士を紹介したようです。弁護士は「旦那さんの条件で離婚する場合と、離婚せずに死別した場合と比べてみては」と入れ知恵をした模様。もし孝さんが3年後に亡くなったと仮定した比較を行ったのです。
まず第一に生活費は孝さんが生きている3年間で540万円。これは離婚する、しないに関わらず、受け取ることができます。
第二に年金ですが、孝さんの年収から計算すると遺族年金は毎月13万円です。ただ、妻は自分の年金を受け取っているので、その分だけ遺族年金から差し引かれます。そのため、遺族年金(月7万円)+国民年金(月6万円)となります。
第三に自宅ですが、これは孝さんが亡くなる3年後に相続します。特に遺言を残さない場合、相続割合は妻、息子どちらも2分の1ずつです。そして相続財産は結婚期間中に築いた財産だけでなく、親からの相続財産も対象になります。そのため、丸山家の財産(5,000万円)、夫個人の貯金(800万円)が加算されます。合計で7,060円となり、妻は3,530万円を相続することができます。
なお、孝さんは退職金代わりに小規模企業共済(1,450万円)へ加入しており、第一受取人は「戸籍上の妻」です。そのため、妻が1,450万円をすべて受け取ります。
つまり、離婚(3,636万円)より死別(6,444万円)の方が2,808万円も有利なので妻は首を縦に振らず、今も膠着状態が続いています。孝さんはすでに齢70を超えており、老い先は長くはないでしょう。そのため、妻としては無理に不利な条件で離婚する必要はなく、このまま待機する姿勢を崩しそうもありません。
A.離婚の場合 計3,636万円
生活費(月15万円×80歳まで)1,980万円
年金分割(月3万円×80歳まで)396万円
自宅の売却益 1,260万円
B.死別の場合 計6,444万円
生活費 月15万円×3年間=540万円
遺族年金 7万円×11年(80歳まで)=924万円
実家の財産 5,000万円×2分の1=2,500万円
夫の預貯金 800万円×2分の1=400万円
自宅の売却益 1,260万円×2分の1=630万円
小規模企業共済 1,450万円
このように夫が寿命に近付けば近付くほど、妻は離婚と死別を比較するようになります。大半の場合、離婚より死別の方が妻にとって金銭的に有利ですが、それだけではありません。離婚の場合、嫌いな相手と何回、何十回もやり取りを重ねなければなりません。示談で終わればいいですが、裁判所に持ち込んだ場合、数年間もかかります。