年金14万円。「閉店までスーパーに入り浸る」、70代老女。35度酷暑でも「クーラー代をケチる」日本の高齢者、過酷な現実

登場人物
ゆめこさん……大正時代からタイムスリップしてきた26歳女性。なぜか、現代社会にめちゃくちゃ詳しい。全文太字部分

ワイ(以下、ワ)……ゆめこさんの白い飼い犬。お菓子好き。ミーハー。
タカムラ タカㇱ(以下、タカ)……58歳、スーパーの店長、既婚者、子供2人、実家は地方。

・おばあさん(以下、ヨシ)……70歳、スーパーに入り浸っている、元給食センターのおばちゃん

タカ:俺の名前はタカムラ タカシ、58歳だ(2023年当時)。まだまだ現役バリバリ。スーパーの店長をしている。うちのスーパーは野菜や肉・魚をよそより1円でも安く! を目標にしていて、毎日夕方の時間帯は地元の人たちで賑わっている。

だが先日、バイトの大学院生・ヤマダ タモツ、通称ヤマPから相談をもちかけられた。どうも困った常連さんがいるらしいんだ。

ワ:どうしたの?

タカ:俺がバックヤードで事務作業をしていたり、本社に行って会議に出てたりすることがが多い昼間の時間帯の話だそうだ。夏が来る少し前からほとんど毎日、顔を出すようになったお婆さんがいるらしい。

たまにお惣菜とかを買って帰るときもあるらしいが、ほとんどの場合何も買わずに店の隅にある小さい飲食コーナーの椅子にちょこんと座っているそうだ。お昼になると持参したお弁当を広げたり、カバンから出したおにぎりをかじったりしているらしい。

日が沈む頃になるとようやく家に帰るんだ。正直、うちの店は地元密着型のスーパーだから、地元の人が店舗でくつろいでくれること自体はありがたいことなんだけど、ほとんど毎日しかも一日中、ってのが気になってな。

ワ:なんだか心配だね。

まず、整理しましょう。第一に持ち込みは禁止のルールがあるののですか?

タカ:ああ。持ち込みは禁止だ。だがな、今年の夏は電気代の高騰で、エアコンの節電による熱中症への注意喚起がされているだろう? だから地域の人たちと話し合って「暑い日はぜひ、スーパーの飲食スペースやショッピングモールのフードコート、図書館や公民館に、気軽に涼みに来てください」というキャンペーンを街ぐるみでやっているんだ。「本来の使用目的でなくてもいいんですよ」「商品を買わなくてもいいんですよ」っていうやつだ。

ワ:知ってる! 今年はそういう、街中の屋内フリースペースの開放を促しているってニュースでもよくやっていたね!

タカ:ああ。だがうちの地域はシャイな区民性なのか…他の地域の同業者に聞く話ほど、商品を購入せずに涼むためだけに利用するっていう人は来なかったんだ。

商品を購入せずに施設を利用するというのは「何だか気が引ける…」と抵抗感がある方もいらっしゃるんでしょうね。

ワ:ワイもコンビニでお手洗い借りると、「何か買わなきゃ」って思っちゃうタイプです!

タカ:ああ。だからそのおにぎりのおばあちゃんが、目立ってしまったというのはあるな。

飲食スペースへの持ち込みは確かに禁止だが、設置してあるウォーターサーバーのお水やお茶なんかは、スーパーのお客さんでなくとも、どなたでもご自由にお飲みくださいとなってるんだ。だけど「持ち込み飲食はご遠慮ください」ってなんだか伝わりにくいよな。そういうのもあって学生バイトのヤマPも注意しづらかったらしく…数ヵ月間何も声をかけずに、そのままにしてしまったとのことだ。

声をかけづらいというお気持ちも分かりますが、もし家に居られない事情があれば、福祉の助けが必要な場合があります。何もアクションを起こさなければ、取り返しのつかない事態にもなりかねませんよ。

タカ:ああ。俺は意を決して、そのおばあさんに声をかけてみることにしたんだ。

いつも店に来てくれてますね。

ヨシ:ああ、はい。すみません…。

タxカ:いえいえ。お名前お伺いしてもよろしいですか?

ヨシ:ヨシムラです

タカ:下のお名前は?

ヨシ:マコと言います。

タカ:そのマコさんというおばあさんは、少し申し訳なさそうにしながら色々教えてくれた

ヨシ:私は年金で暮らしてるんだけどね、最近、電気代が高いでしょう? 悪いと思ってはいるんだけど、こうやってスーパーで涼ませてもらってるのよ。

長居させてもらってるのに、なんにも買わないのもって思ってね、たまに夕飯のお惣菜とか買ってねえ…。今日タッパーに入れて持ってきたのもほら、昨日ここで買わせてもらった白菜の浅漬けなのよ。こないだ初めておにぎりも買わせてもらったんだけど、わたしには大きすぎて食べきれなくてね。残りは次の日のお昼に食べたのよ。とっても美味しかったわ~

タカ:マコさんは自宅で冷房をつけられないから、スーパーに涼みに来ていたそうだ。家に居られない事情がある訳ではなく、ホッとしたよ。

ワ:年金をもらって生活してるシニアにとって電気代の高騰は死活問題だよね

家電製品の消費電力のうち、3割以上をエアコンが占めるといわれています。

ワ:そんなに!?

夏には使用頻度も高くなりますので、電気代を節約するなら「エアコンを使わない」のが効率的となってしまうのもわかりますが、無理して蒸し風呂のような部屋にこもるのは絶対にやめましょう。熱中症リスクだけでなく、ささいな体調不良がきっかけで持病が悪化してしまったり、病気やケガを引き起こすリスクが高いのがシニアです。

ヨシ:マコさんみたいに外の涼める場所に避難するのは大事ってことだな。

無職で株式や不動産などの不労所得がない高齢者の収入は年金が頼りです。

政府の調査によると厚生年金保険(第1号)の平均年金受給額は老齢厚生年金で月に約14万6,000円。また国民年金受給者の平均年金受給額は老齢年金で月に約5万6,000円です。

一方で、65歳以上の単身高齢者の消費支出は平均月約14万9,000円。厚生年金の平均手取り額は12万~13万円程なので、月2、3万円ほどの赤字となる計算になります。

ワ:貯金がないと暮らしていけないってこと?

平均額で考えるとそうなります。

タカ:日本の高齢者は貯金をしっかりしてるといわれることもあるけど、そんなの人それぞれさだよな。俺の両親は政府が推奨しているような2,000万円の貯金なんてないから、母親は80歳を超えた今でもパートをしてる…。田舎で野菜や物価が安いからなんとか暮らしていけるって具合さ。

年金しか収入がないんじゃ、長生きするほど貯金も減ってくことだろ? 体はどんどん動かなくなっていくのに、貯金だけはどんどん減っていくなんて、本当に不安だよな。

ワ:そっか、今の暮らしだけじゃなくて将来の暮らしも考えないといけないんだね。

とあるアンケート調査結果によると「そもそも貯蓄なんてありません」という人は60代で29%、70代で28%もいます。約3人に1人は生活費として切り崩す貯蓄すらなく、なんとか耐え忍ぶしかないのが現実です。

タカ:正直、マコさんがうちの母親が重なって見えて、堪らない気持ちになったよ。何か俺にできることはないだろうかそんなある日テレビを見ていると懐かしい料理が映し出された。

おっ、きんぴらごぼうにだし巻き卵か……美味そうだな! おふくろ、昔はこうやって色々作ってくれてたよな!

そこで、俺はひらめいた! うちの客層は主婦も多いが、近所に専門学校のキャンパスがあるから学生や1人暮らしの人も多い。

そういう学生や1人暮らしの人が買っていくものは、レトルト食品、カップ麺みたいな手軽に食べられるものが主流だ。そういった層がに日々入店しているのにもかかわらず、うちはお惣菜の売上がライバル店に比べて低い。そう、うちはお惣菜部門が弱いんだ!! お惣菜部門をなんとかしたい!

ワ:おお! タカシさん燃えてるね!

タカ:最近若い人たちの間で、おじいちゃんおばあちゃんが個人経営する素朴な純喫茶が出してるスイーツ動画がYouTubeでバズっているのを見たんだ。コメントを見ると「何十年も同じレシピでお店を維持しているんだから絶対美味しい!」「シニアの人がシワシワの手で厨房に立っているだけでほっこりする」「昔ながらのレシピって素材がシンプルだから添加物が少なくて体にやさしそう」といった具合だった。

ワ:純喫茶って不思議な魅力があるよね。

以前、純喫茶のメニューでお馴染みのかためプリンが流行りましたね。

そうなんだ! そこで頭に浮かんだのがマコさんだ。マコさんは秋田出身で子どもの頃に親が作ってくれた郷土料理が好きで毎日作っていると言っていた。お裾分けでいただいたマコさんお手製の秋田名物「いぶりがっこ」や「ハタハタ寿司」、「けの汁」っていう具だくさん味噌汁、どれもめちゃめちゃ美味かった!

しかもヤマPの話ではマコさんは管理栄養士の資格をもっていて、現役時代は小学校で給食を作っていたらしいんだ!

そこで俺はマコさんをお惣菜部門の監修に迎え、思い切って「秋田のマコおばあちゃんの、がりっと食堂」というお惣菜ブランドを立ち上げた。ラベルやのぼりにコストがかかったが、これは起死回生のチャンス! 俺はこれにかけることにした! がりっとは秋田の方言で「しっかり」「一生懸命」という意味らしい。ネーミング会議でマコさんのアイディアが採用された。

ワ:わー。マコさんがお惣菜開発者としてデビューしてる!

タカシさん思い切りましたね。

タカ:ちょっとした賭けだったが「がりっと食堂」をローンチしてからうちのお惣菜部門の売上はまさにうなぎのぼり。前年比250%アップを記録し、大成功した。期待以上だったよ。

当初は「秋田と銘打ってしまうとニッチすぎて客がつかないのでは?」とか、「売れ筋の唐揚げやコロッケをブラッシュアップした方がいいのでは?」なんて声もあった。だが駅前に大型チェーンのスーパーが2店舗ある激戦区のこの辺りじゃ、よそにはない珍しいラインナップが差別化につながったようだ。

それにな、マコさんは郷土料理を今風にアレンジするのがうまいんだ。「きりたんぽ」を昨今のおにぎりブームに合わせてアレンジした「きりたんぽ風焼き味噌おにぎり」を考案し、今では「がりっと食堂」の看板商品になっている。

もともとは、1人暮らしのマコさんが余った「きりたんぽ」を冷凍保存する際に、風味が落ちないよう味噌でもち米をガードして、冷凍庫の場所をとらないようおにぎりの形にしたものがルーツらしい。いやいや、アイディアマンで恐れ入ったよ。

マコさんはうちで働き始めて賃金を得るようになってから、暑い日は家の中でエアコンをつけて涼んでいるそうだ。貧困から1歩抜け出す一助になれていることを願うよ。