自由に生きることができることは、いくつになっても元気を支える大切な環境です。親の介護は子どもがするべきといった世間体に囚われ、子どもが「親を面倒みなければ」と思っても、かえって親に悪影響が出ることがあります。本記事では、『50歳からの脳老化を防ぐ 脱マンネリ思考』(マガジンハウス)の著者で医師の和田秀樹氏が、親と子の関係について解説します。
1人気ままに暮らしていた90歳女性、子どもの世話になった途端に動悸、食欲不振に…「親の介護は子どもがする」は世間体を気にした単なる“エゴ”【有名医師が解説】
「子どもの世話になると調子が悪い」とこぼす、おばあちゃん
間もなく90歳になる一人暮らしのおばあちゃんがいました。足腰は多少衰えていますが、住み慣れた田舎の自宅でいたって元気に暮らしています。
ところが町暮らしの長男が「病院も遠い田舎だと何かあったら心配だ。寒くなると火の心配もあるから冬はこっちで暮らせばいい」と自分の家に呼び寄せました。これで長男はひとまず安心です。でもおばあちゃんは3日もすると元気がなくなります。
「息子夫婦は共働きで家にいないからわたしには外に出るなという。出かけても行くところがないからそれはいいけど、台所も使い慣れないからお湯も沸かせないし好きな番茶も飲めない」
「一人だと夜は好きなテレビを観てけっこう夜更かししていたのに、『年寄りは早寝早起きがいい』と言うからテレビも観れない。早く寝ても昼に動いていないから眠れないし、朝寝もできない。結局、昼はぼおーっとしてテレビの前で居眠りするから余計に夜は眠くならない」
すると動悸がしてきて食欲もなくなり、だんだん元気がなくなってきました。そこでこのおばあちゃんは長男に「かえって調子が悪くなったから家に帰りたい」と申し出ます。長男夫婦はあれこれと紙に注意を書いて実家の壁にベタベタと貼り、渋々おばあちゃんを自宅に戻したそうです。
その結果どうなったか。おばあちゃんはケラケラ笑います。「ガスの元栓だの戸締まりだの薬だの早寝早起きだのと書かれた紙なんかすぐに破いて捨てたよ。そんなこと紙に書かなくても自分のやり方でやればいいのさ。慣れた家で誰にも気兼ねしないで一人で暮らせるのがいちばん楽だし身体もすぐに元気になったよ」
独居老人は思いのほかタフです。周囲から見ればどんなに危なっかしく見えても孤独に見えても、本人は気楽に自分のリズムで暮らしています。何もかも自分でやらなければいけないので、一日は退屈するヒマもないし、かといって疲れ果てるわけでもありません。
気が乗らないことはやらなくていいし、休みたいときには誰にも気兼ねなく休めるからです。甘いものが好きなら餡子の詰まった饅頭を好きなだけ食べても取り上げられないし、しょっぱいものが好きなら漬物を食べながらお茶の時間を楽しめます。
自由に生きられるというのは、いくつになっても元気を支えてくれるはずです。ちなみにわたしがしばしば挙げるデータですが、家族と暮らす老人と独居老人、自殺率が少ないのは独居老人のほうです。さらに挙げれば施設での入所者への虐待がしばしばニュースになりますが、全国に広がる膨大な数の介護施設を考えればほんのわずかな比率でしかありません。
それよりむしろ在宅介護が引き起こす虐待や、介護者のうつ病や自殺のほうがはるかに多いのです。