「酒は百薬の長」という言葉から、適量のお酒は身体に良いといわれていますが、これは医学的にも証明されています。本稿では、2012年の上皇陛下(当時の天皇陛下)の心臓手術を執刀した経験もある心臓血管外科医の天野篤氏による著書『60代、70代なら知っておく 血管と心臓を守る日常』(講談社ビーシー)から一部抜粋し、飲酒と心臓病の関係性について解説します。
60代・70代も1日ビールなら「中瓶1本」、ワインなら「グラス2杯」が身体に良い…心臓病に“なる人”・“ならない人”の徹底的な違い【上皇陛下執刀医が解説】
アルコール効果はストレス解消、利尿作用による心臓への負担の軽減か
実際、ストレスは心臓にとって大敵です。ストレスを受けると交感神経が優位になり、興奮にかかわる神経伝達物質のアドレナリンが通常以上に分泌されます。アドレナリンは少量でも心拍数を増加させたり、血流を増やして血管を収縮させたりするため、血圧が上昇します。それだけ、心臓の負担が増えてしまうのです。
さらに、ストレスによって炎症細胞が放出され、過剰になると血管を障害して動脈硬化の一因となるプラークができたり、動脈瘤を形成したりすることもわかっています。
適度な飲酒による心臓へのプラス効果はほかにも考えられます。アルコールには利尿作用があって、飲酒量以上の水分が体内から尿として排出されるといわれています。
ただ、アルコールの摂取量がそれほど多くなければ、同時に摂取する水分の量が増えている場合もあり、それなら体が脱水状態に傾くケースは少なくなります。摂取と排出のサイクルが一定に保たれると、自律神経にもいい形で影響を及ぼしてストレスホルモンである「カテコールアミン」のバランスも整い、心臓への負担が抑制される可能性もあります。
ワインの適量はグラス2杯
昔から「酒は百薬の長」といわれるように、飲酒は心臓を守ることにもつながるといえるでしょう。
ただし、お酒を百薬の長にするためには、やはり適量であることが重要です。ストレスを緩和する、睡眠を誘発する、排尿を促す、食欲を増強するといった作用が、一定のプラスになる範囲でとどまるような量が適量といえます。
ちなみに、心臓にトラブルを抱えていたり、心臓手術を受けたりした患者さんには飲酒の指導を行います。とりわけ、心臓の機能が落ちている人や、たくさんの薬を服用して心臓の状態を管理している人に対しては、気をつけて飲酒するように伝えています。
具体的には、ビールなら350ミリリットル缶1缶から500ミリリットルの中瓶1本程度、ワインならグラス2杯、日本酒なら1合くらいを目安としたいものです。
適量を超えた飲酒は心臓血管疾患につながる
はっきりしたデータはないとはいえ、お酒が好きな人がその飲酒量を超えてしまった場合、アルコールの影響で脳が麻痺(まひ)して、止めどなく飲んでしまうケースが多くあります。ですから、適量とは「飲酒を自制できる量」と言い換えてもいいでしょう。
飲酒が適量を超えてしまった場合、アルコールは心臓にとってマイナスに作用します。脈拍が速くなって心拍数が増えるので心臓の負荷は大きくなりますし、心機能が低下した人では同時に飲む水分量が多いと心臓の負荷につながり、姿勢の変化による血圧変動も大きくなります。
血圧が急激に上下動すると、冬場の入浴で見られる「ヒートショック」のような状態になり、心筋梗塞、大動脈解離、不整脈、脳卒中といった心臓血管疾患を引き起こす危険があるのです。
また、普段から降圧薬を服用している人は、飲酒量が多くなると極端に利尿作用が大きくなり、体が脱水に傾く場合があります。脱水状態になると血液の量が減って、粘度も上がります。
1回に送り出す血液量が減り、流れにくい血液を体全体に送らなければならない心臓は、心拍数を増やして対応しようとするため負担が増大します。とりわけ心機能が落ちている人たちは、脱水が原因で心不全を起こすケースもあるので注意が必要です。
心臓にトラブルを抱えている人はもちろんですが、飲酒を健康管理につなげるためには「適量」を意識することが大切です。
天野 篤
順天堂大学
医学部特任教授/心臓血管外科医