「死後離婚」は、2012年から2022年にかけて約3割も増加しています。人生をともに歩んだ夫あるいは妻の死後、夫婦関係を解消したいと考えるようになる背景には、一体どのような事情があるのでしょうか。本記事では矢田部さん(仮名)の事例とともに「死後離婚」に踏み切ってもよいと判断できるケースについて、行政書士の露木幸彦氏が解説します。
蹴飛ばされて全治1ヵ月の“腰椎圧迫骨折”。貯金4,000円・借金800万円の61歳DV夫の死で、妻が決断…じつは日本で増えている「死後離婚」の壮絶な実態【行政書士が解説】
図らずも転機となった「ある事件」
そんなふうに涼子さんが二の足を踏んでいるあいだに事件が発生。夫は泥酔状態で駅のホームから転落したのです。たまたま電車が通過せず、車両に轢かれずに済んだのは不幸中の幸いですが、それでもホームから線路へ転落したので頭部を強打。右足に麻痺が残り、リハビリを要する状態で病院から施設をはしごせざるを得ませんでした。
夫は味気(女性、酒、金)のない生活で急に弱っていき、げっそりと痩せこけ、顔色が悪くなっていき……半年後、心筋梗塞を発症し、あっという間に亡くなってしまったのです。涼子さんは「涙も出なかったですよ」といいますが、長年にわたり苦しめられてきた夫の喪主をつとめたのだから当然です。
夫の遺品を整理していたところ、発見したのは借金の返済予定表だけ。会社員ではなく1人親方の自営業なので退職金はなし。そして国民年金なので遺族年金の対象外。もちろん、口座には数千円しか入っていませんでした。筆者は家庭裁判所へ相続放棄の手続を勧めました。涼子さんは「死後」の借金を相続しないようにするので精一杯でした。
涼子さんは「正直、つらいんです。主人のお父さん、お母さんの顔を見なきゃいけないと思うと……」と打ち明けます。矢田部家の宗教は仏教。四十九日の法要を終えても、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌と定期的に法事がありますが、そのたびに涼子さんが取り仕切らなければなりません。
涼子さんが夫の両親を嫌っている理由
なぜ、涼子さんは夫の両親を嫌っているのでしょうか? 涼子さんはまだ夫が健在のころ、両親に相談したことがあるそう。そこで父親からは「十分な小遣いを渡しているのか」と叱られ、母親からは「男はそうやって遊ぶものだから」と諭され、なにもしてくれなかったそう。
借金を返済するためのお金を工面するのは毎回、涼子さんでした。「あの親にあの息子という感じでした」と深いため息をつきます。「もし、主人のことを注意してくれれば、あんなに苦しまなくてもよかったのに。そう思うと同罪ですよ!」と興奮した様子でいいます。
涼子さんと夫の両親は姻族のままです。現状のままでは夫の両親が心身に支障をきたした場合、厚顔無恥な親は涼子さんに介護を頼んでくるかもしれません。そこで筆者が「死別のときに縁を切りたいのなら死後離婚という方法がありますよ」と助言。
涼子さんはこれ以上、亡き夫に義理立てする気にはならず、助言のとおり、姻族関係終了届を役所に提出したのです。涼子さんは「いまは娘と自分のことだけを考えればいいので、とても楽になりました」と笑みを浮かべます。