日本は水産資源に恵まれた国として、世界中から長く注目されています。理由は、寒流の親潮と暖流の黒潮がぶつかり合うことで冷水性の魚と暖水性の魚の両方が回遊・生息することにありますが、この点だけで想像すると、普段私たちが口にする魚の多くは国産の天然魚ではないかと考える人は少なくないでしょう。しかしながら実際は想像と大きくかけ離れた状況です。水産庁、農林水産省等のデータ(※)によれば、日本における魚介類(食用)の自給率は56%、そのうちの生産量の24%は養殖漁業が占めています。この養殖依存状況は世界規模になると顕著で、将来の魚の需要増加を補填できるのは唯一、養殖産業の振興のみだとされています。養殖魚がいかに身近になっているか? という点においては、実際に魚売り場に足を運んでみれば、すぐに納得できるかもしれません。並んでいるサーモン、鯛、マグロ、ブリなどを見ていくと、「養殖」と記載された商品がいかに多いかがわかります。数字的には、真鯛の81%、クロマグロの61%が養殖であるというデータが発表されています。しかし、この状況は必ずしも悲観的な話ではありません。日本においては少子高齢化、都市部への人口流出、漁業の後継者不足などの社会問題の一つの打開策として、養殖漁業の技術が進化を遂げているのです。そこで今回は、日本における養殖漁業の中でも新しい技術として注目される「陸上養殖」という手法に焦点をあてて話を進めていくことにしましょう。
寄生虫リスクを限りなく低く!「陸上養殖」という新しい魚の選択肢とは? (※写真はイメージです/PIXTA)

 ※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

日本も世界も大注目! 「陸上養殖事業」とは?

マサバの海水井戸陸上養殖センター(鳥取県・岩美町)(JR西日本イノベーションズ提供)
マサバの海水井戸陸上養殖センター(鳥取県・岩美町)(JR西日本イノベーションズ提供)

 

陸上養殖とは言葉の通り、陸上に人工的に創設した環境下で養殖を行う漁業のこと。

 

この事業を商業用として日本でいち早く着手しはじめたのが、JR西日本でした。同社は「地域共生企業」として、産業振興による地域活性化と持続可能な社会の実現のため、地方の水産業にイノベーションを起こすことを掲げ、陸の海で魚を安全・安心に育てる新ビジネスの構想を打ち立てたのです。

 

具体的には、すでに陸上養殖の研究が行われていた鳥取県に注目、商業ベースでの生産・販売を目的に2015年から鳥取県と共同で研究を開始。そして2017年6月から地域事業者と連携し、安心して生で食べられるマサバの生産、販売がはじまっています。

陸上養殖の技術メリットとは?

愛知県田原市にある陸上養殖場。海洋漁業とは全く異なる光景が広がっています。(JR西日本イノベーションズ提供)
愛知県田原市にある陸上養殖場。海洋漁業とは全く異なる光景が広がっています。(JR西日本イノベーションズ提供)

 

そもそも陸上養殖の仕組みは大きく2つに分けられます。ひとつは、天然環境から海水等を継続的に引き込み飼育水として使用する温泉の仕組みに似た「かけ流し式」。そしてもうひとつは、飼育槽の水を浄化して、再度飼育槽に入れる、水族館と同じ「閉鎖循環式」。

 

JR西日本では養殖場の状況に応じた方式を適宜採用していますが、いずれにしても場所の制約がなく、環境への影響も少ないこと、高品質の魚が定時・定量・定質に供給できることなどを強みに挑戦を続けています。

 

陸上養殖よりも先駆けて行われている海上養殖と比較した場合、設備コストや運営に関わるランニングコストが高いことや、機械故障や停電時による全滅リスクがデメリットとあげられます。

 

しかしながら、漁業権が不要であることによる新規参入のしやすさや事業の安定性といったメリットの方が大きいと捉える企業は多く、同社のみならず異業種参入が年々進んでいます。

 

この陸上養殖事業への関心の高まりは国内にとどまらず世界的にも高まり、自然環境の変化(災害、台風、赤潮など)にも対応しうる持続的な水産品供給手段としてますます期待が寄せられています。海外での事例としては、サーモン(欧州、UAEなど)や海老(東南アジア)などの生産が実現しています。