春晩以外にもみられる「旧正月のデジタル化」
中国新経済研究院は2020年の報告書『中国新年俗発展トレンド報告』内で「新四大旧正月風習」を発表しました。選ばれたのは「集五福」「クラウド新年のあいさつ」「お年玉競争」「家族旅行」です。
最後の家族旅行は、旧正月休みの定番の過ごし方が、大家族の集まりから核家族での旅行に切り替わったという意味ですが、残る3つの風習はいずれもデジタル化と関係しています。
「集五福」とはアリババグループの決済アプリ、アリペイが2016年から実施しているイベントで、内容は毎年変わるものの、原則的なルールは身の回りにある「福」の字を撮影してアップロードするというもの。5つ以上を集めた人には抽選でお年玉やギフトが当たります。
「クラウド新年の挨拶」とは、直接訪問するのではなくビデオチャットを使ってカジュアルに挨拶を交わすこと。
「お年玉競争」とはモバイル決済アプリを使ってお年玉を送ることです。競争と付いているのは、いくらもらえるかは運で決まるというゲーム要素を取り入れているためで、「たくさんもらえた」「少なかった」と盛り上がるネタになります。親から子ども、経営者から従業員に送られるだけではなく、友人同士でお年玉を送り合う遊びもすっかり定着しました。
古くさい宣伝も新たな思考で
スマホをシェイクして抽選に参加すると聞けば、極めてシンプルなユーザー参加型イベントのように感じますが、数億人に上る参加者のアクセスを捌くサーバー側の対応はきわめてハードであり、入札で決まる春晩のスポンサー枠も高額です。
どれだけ負荷が大きくとも企業サイドが取り組むべきだと判断している理由は、この手法がいま中国でもっとも重要な2つのマーケットである「下沈市場」と「銀髪経済」にアクセスするための有効な手段だと考えられているためです。
下沈市場は農村や内陸部などの経済後発地域を指し、銀髪経済は中高年消費者を意味します。
都市部の若者・中年世代と比べると、インターネットの利用率も低く、また新しいサービスやブランドの利用に消極的です。つまり、なかなか広告を届かせにくい層といえます。多くの開拓余地が残されているこれら2市場をどう攻略するのかが、ITサービスや新興消費ブランドにとっての目下の課題となっているのです。
春晩のギフトや集五福、クラウド挨拶などは非常にシンプルな仕掛けにみえますが、下沈市場・銀髪経済攻略という観点から考えると、スマートフォンを使い慣れていない人にも使ってもらえるようなわかりやすさが前提であり、むしろシンプルであることが必須です。
旧正月休みは田舎の高齢者のそばに若い世代がおり、スマートフォンやアプリの使い方を教えることができます。そこで実際にデバイスを触ってみたユーザーのうち、たった何割かでもその後も利用を継続してくれればいいという考えです。
なお、下沈市場や銀髪経済へのアプローチは旧正月だけに限られた話ではありません。
中国の農村に行けば、ボロボロのレンガの壁に、最新スマートフォンや新しいスマートフォンアプリの広告がペンキで書かれている光景をよく目にします。かつて中国農村の壁といえば、毛沢東の言葉などの政治的スローガンでいっぱいでした。とくに「不妊手術は必須だ」「違法に子どもを産めば家を壊す」といった一人っ子政策のスローガンが書かれていたことは有名です。
『AAA REPORTS(2023年10月)』内、「中国、巨大広告市場の現在地(藤井直毅)」によると、22年の中国の年間広告費は34.3兆円と日本の約6倍に達していますが、新聞や雑誌などのオールドメディアの広告費では日本を下回っています。
日本以上のペースでデジタル化が進んだ中国では活字媒体の衰退が急速に進んでおり、テレビ以外で農村の中高年に広告を届けるチャネルとして、農村の壁のペンキ広告が重視されるようになったのです。
ペンキ広告そのものは古い手法ですが、その出稿方法自体は変わっています。もともと屋外広告といえば、広告面を持っているオーナーと出稿者の相対交渉が相場でしたが、近年ではWebサイトから簡単に落札できるプラットフォームが広がっているのです。
ペンキ広告にもその波が広がり、広告出稿者は現地に行かずとも、中国全土に数千もの屋外広告を出せるようになりました。ペンキ広告を描く職人の手配もできますし、スプレーを吹きかけて描くための型紙を制作する業者もあります。
手書きの広告には味がありますが、型紙を使うとブレがないのが長所なのだとか。農村に行くことなく、インターネット経由で広告を出す側からすると型紙のほうが安心かもしれません。表向きは昔と変わりませんが、出稿方法や制作といった裏側でイノベーションが起きているのです。