2月9日、中国では特別番組「春節連歓晩会」(通称:春晩)が放送されました。再放送も合わせると10億人以上が視聴するという怪物番組であり、親子三世代がテレビの前に集まって視聴することも多いこの番組の広告枠を利用し、スマートフォンやアプリケーションを提供する企業が新規ユーザー獲得を実現しています。中国ではほかにも、デジタルな情報が届きにくい「下沈市場」「銀髪経済」向けの宣伝を行うため、ユニークなアドテク(広告技術)が次々に生まれています。本稿では、日本企業にも重要な示唆を与え得る中国の最新アドテクについて、国際的なテック事情に詳しいジャーナリスト・高口康太氏が解説します。
農村のレンガ壁に「最新スマホのペンキ広告」を出稿?…新興国の開拓にイノベーションを起こす、中国発“アドテク”の新展開 (※写真はイメージです/PIXTA)

中国の広告トレンドには「BOP市場」開拓のヒントが詰まっている

(画像はイメージです/PIXTA)
(画像はイメージです/PIXTA)

 

同じように伝統的な外見をしているのに、イノベーションを組み合わせているのがリアルのイベントです。中国語では「地推」と言います。地を這うような地域密着型の販促イベントという意味合いです。

 

百貨店やデパートの前で試供品を配るといった、日本でもよくみられるようなものから、繁華街でナンパのように声をかけられて「この通販アプリをインストールしていますか? いまここでインストールすれば割引クーポンを受け取れます」と勧誘されるケースもあります。また、団地の入口で「アプリをインストールしたら卵10個プレゼント」といったイベントが行われていることもあります。

 

あまりに非効率的な宣伝にみえますが、普通の広告では動かない、保守的な傾向の層に入り込むには効果的なのだといいます。また、ひたすらに人海戦術を展開しているようにみえて、実は地域住民の年齢、所得、行動データなどから効率的な宣伝を行っており、「地推」を計画するコンサルティング事業が登場するほどです。

 

古くみえても、新たな技術でその効率を高めていくという図式はここでも共通しています。

 

下沈市場と銀髪経済にねらいを定めた中国の新たな広告のトレンドは、日本人・日本企業にとっても大いに参考になります。中国市場を狙うためだけではなく、BOPマーケティングへの応用が利くと考えられるからです。

 

BOPとはBase of the Economic Pyramidの略で、全世界の人口を所得別に見たときの下位に相当する層を指します。一人ひとりの所得は少なくとも、その数は約40億人と膨大であり、今後の潜在的な成長性が期待されています。いまBOPマーケティングに成功すれば、将来的に大きなリターンとして帰ってくる可能性があるということです。

 

下沈市場と銀髪経済は所得による分類ではありませんが、一般的な広告が届きづらい、デジタルリテラシーが低く保守的といった点ではBOPと共通点があります。中国企業からは中国国内で培った広告手法を横展開して、すでに海外のBOPマーケティングに成功している企業も登場し始めています。

 

その代表例と言えるのが中国スマートフォンメーカーのTranssion(トランシオン)です。日本ではほぼ無名の企業ですが、調査会社IDCによれば23年の世界シェア(出荷台数ベース)は第5位。コストパフォーマンスの高さと巧みな広告戦略で、アフリカやインドなどの途上国市場で圧倒的な人気を誇ります。

 

農村広告や「地推」のような、中国では一般的な宣伝手法をアフリカやインドに持ち込み、ほかのグローバルメーカーが入り込めていない領域で圧倒的な存在感を作り出した結果、世界のスマートフォン市場が前年比3.2%減と縮小するなかで、トランシオンは30.8%と爆発的な成長を遂げています。

 

古さと新しさが同居した、ちょっと風変わりな中国の広告トレンドには、世界市場をねらうヒントが詰まっています。

 

 

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<著者>
高口 康太

ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。
クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。