過去に置き忘れてきたことはないか

組織への適応のために、ある面において思考停止に陥りがちということは、組織人間としてうまくやっていた人ほど、その状態に陥っていたことになる。組織生活への過剰適応によって、自分の欲求や気持ちが強く抑圧され、自分がわからなくなってしまうのである。

これからはもう稼ぎにこだわる必要もないし、組織に縛られることもない。そこで考えたいのは、稼ぐために犠牲にしてきたこと、断念したことは何かなかったかということである。

若い頃、やりたいことがあったけど、それで食っていくのは無理だと思って諦めた。興味があったし、やってみたいと思う趣味があったけど、仕事が忙しくてなかなか踏み出せなかった。

かつては打ち込んでいた趣味があったのだが、働き盛りになってからは仕事で忙しくなり、休日はぐったり疲れてしまい、趣味どころではなかった。そのときの仕事よりやりがいのある仕事への転職のチャンスがあったのだが、収入が減るため、家族のことを考えて断念した。

だれでもよく思い返してみれば、そのようなことが何か見つかるのではないか。

若い頃から走るのが好きで、定時に帰宅できたときは近くの川辺をよくジョギングしていたが、これからは通勤もないので、体力維持のために毎日ジョギングをして、できればマラソン大会とかにも出てみたいという60代半ばで退職したばかりの人。

器用なほうで何かを自分の手で作るのが好きなのだけど、現役の頃は忙しくて家で何かする余裕がなかったので、退職後は、自分で家の内壁を崩して塗り替えたり、リビングの床を張り直したり、台所を改装したりと、DIYに凝って充実した時間を過ごしているという60代半ばの人。

仕事人間として暮らしながらも趣味人の生活に憧れをもっていたので、退職を機にテレビの俳句講座を視聴し、拙い俳句を詠むのが楽しくなり、昔の俳人の足取りをたどる旅行をしながら俳句を詠んだりして趣味人の生活を楽しんでいるという60代後半の人。

学生時代は山歩きが好きでよく出かけていたのに、就職してからはそんな暇もなく、たまに暇があっても気力が湧かず、遠ざかっていたけど、退職後に久しぶりに山歩きに出かけてみたら、その魅力に取り憑かれ、今は毎週いろんな山に出かけているという60代後半の人。

元々旅行好きで、現役の頃から毎年何回か旅行し、退職してからは時間も日程も自由になるので、より頻繁に行くようになったが、いつまで元気に出かけられるかわからないので、これからはもっと頻繁に旅行に出かけることに決めたという70歳になったばかりの人。

いろんなことに興味をもち、やってみたいと思う性格だが、現役時代は忙しくて趣味に手を出す余裕がなく、淋しかったので、退職後は尺八教室や絵画教室をはじめ気になる習い事に片っ端から通い、暇をもてあますなどということはまったくなかったという80代の人。

何をして時間を潰したらよいかわからないという人は、こうした事例を参考に、稼ぎのためにできずにいたことを思い返してみてはどうだろうか。

榎本 博明
MP人間科学研究所
代表/心理学博士