相続対策のはずが…高齢母経営の1棟マンション、経営困難に

生徒:私の80代の母は25年前、相続税対策として東京の荒川区に賃貸マンションを1棟建設しました。信託銀行の提案で、購入代金のほとんどを銀行借入金でまかなっています。これまでは満室でしたが、昨年から空室が目立つようになり、家賃収入が減少してきました。いまは東京都内の不動産価格が高騰しているそうなので、思い切って売却すべきではないかと思うのですが、どうでしょうか?

先生:空き部屋が出てきたということは、家賃を下げなければいけない状態だということですね。荒川区だと家賃相場が下がっているかもしれませんよ。

生徒:そうなのですか! いま売却しても価格は安くなりそうですか…?

先生:東京都内の中古マンションの価格は、まだ上昇していますね。東日本不動産流通機構によれば、売買平均単価とマンション賃料平均単価のいずれも上昇しています。

 出所:東日本不動産流通機構「月例マーケットウォッチ」「首都圏賃貸取引動向」
[図表1]東京都23区内の中古マンション価格の推移 出所:東日本不動産流通機構「月例マーケットウォッチ」「首都圏賃貸取引動向」
出所:東日本不動産流通機構「月例マーケットウォッチ」「首都圏賃貸取引動向」
[図表2]東京都23区内のマンション平均賃料推移 出所:東日本不動産流通機構「月例マーケットウォッチ」「首都圏賃貸取引動向」

生徒:不動産価格は、いまがいちばん高い時期でしょうか?

先生:中古マンション価格は2017年から上昇していましたが、2020年の東京オリンピック後は下がるだろうといわれていました。しかし驚くことに、その後は価格が下がるどころか、さらに上昇が続いてきました。日銀のゼロ金利政策もあり、低金利で住宅ローンを借りられたことが、一段と価格の上昇をもたらしたのではないかと思われます。

賃貸物件の表面利回り、4%を切ると赤字転落へ!?

生徒:母の賃貸マンションを売却する場合、投資家から要求される利回りはどれくらいでしょうか?

先生:東日本不動産流通機構によれば、表面利回りで4%くらいですね。

出所:東日本不動産流通機構「月例マーケットウォッチ」「首都圏賃貸取引動向」
[図表3]東京都23区内の中古マンション表面利回り推移 出所:東日本不動産流通機構「月例マーケットウォッチ」「首都圏賃貸取引動向」

生徒:4%ですか。それぐらいあれば、まだ高く売れるということですね?

先生:2017年から2020年6月までは、表面利回り5%から7%は要求されていました。その後、一気に低下して、2023年に入ると4%になっています。賃貸経営にかかわる経費を考えると、この表面利回りが限界でしょう。これより下がったら赤字になります。

生徒:日銀がゼロ金利政策を解除すると、「金利上昇→銀行借入金を抱える賃貸経営は赤字」となりませんか?

先生:借入金を抱えていると、金利支払いと元本返済が発生します。赤字にならないとしても、元本返済を考えると、現金は出ていく一方になる可能性がありますね…。今後の賃貸経営は苦しくなるはずです。

賃料低下・金利上昇・修繕費などの経費増加で経営困難→もう売却しか…

生徒:もし借入金がなかったら、賃貸経営は大丈夫でしょうか?

先生:賃貸経営が苦しくなる理由は、賃料の低下と金利の上昇、修繕費など経費の増加が原因です。これらの問題は、事業開始後20年くらいして顕在化することが多いようです。

生徒:しかし、25年前に母がハウスメーカーにマンション建築を発注したとき、将来30年間にわたって黒字の安定経営が続くと説明されていました。事業収支シミュレーションの計算シートをもらっています。

先生:そのときの事業収支に書かれている賃料収入は、将来30年間変わらず一定となっていたのではないですか? そのようなバラ色の収支が実現するはずはありませんよ…。ハウスメーカーは受注のため、楽観的な収支シミュレーションを提示してきたのです。

生徒:では、家賃収入はどれくらい下がるのでしょうか…?

先生:新築物件と中古物件の賃料を比べると、中古物件の賃料のほうが低くなります。東京都でも築年数が1年異なれば、賃料単価は1%くらい低くなってきます。同じ立地で新築なら月額10万円の家賃でも、築25年になれば月額7万5,000円くらいになるでしょう。入居者の入れ替えのたびに、賃料は下がる可能性があるのです。

生徒:では、サブリースで賃料保証がある場合は大丈夫だったのでしょうか?

先生:いいえ。サブリースでも賃料の引き下げを求められることがありますよ。同じことです。

生徒:空室率はどうでしょうか?

先生:入居から退去までの期間と、入居者入れ替えのために空室になる期間を比較してみてください。一般的に、退去後に部屋の原状回復工事や入居者募集活動には、3ヵ月くらいかかります。入居から退去まで平均4年と仮定すると、4年間のうち3ヵ月間が空室となりますから、どれだけがんばっても、6%の空室率は発生します。

生徒:わかりました…。そうなると、いまから賃貸経営を立て直すことは難しそうですし、借入金を返済できなくなると大変です。母には思い切って売却してもらうしかありませんね…。相続対策のはずが、相続前にこんなことになるなんて…。

岸田 康雄
公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)

★不動産賃貸経営とその売却のタイミングについてはこちらをチェック!
【賃貸マンション経営】不動産賃貸事業で失敗するワケ!賃料下落や空室への対処法!50代・60代必読!

★不動産売却を不動産業者に依頼する方法についてはこちらをチェック!
「不動産売却の手引き」業者選びから査定までの完全ガイド