高級スーパーに流れるゆったりとしたBGM、毎日の通勤電車で何気なく耳にしている駅ホームのメロディ、小学校の掃除の時間や休み時間に流れていた音楽…など、実は私たちの日常生活に溶け込んでいるクラシック音楽。著書『生活はクラシック音楽でできている 家電や映画、結婚式まで日常になじんだ名曲』(笠間書院)から、音楽プロデューサーの渋谷ゆう子氏が、名曲に隠された作曲家の人生や時代背景を交えながら解説します。
日本はBGM大国⁉「つい予定外のワインを買っちゃった」「聴くと掃除したくなっちゃう」…実は日常生活に溶け込んでいるクラシック音楽
日常に溢れる音楽
日本は世界から見ても、生活の中に音楽が入っていることの多い国です。お店には常にBGMが流れています。カフェでは店の世界観が表現されているような音楽が選ばれています。美容院やネイルサロン、エステサロンなどではリラックス効果を期待した音楽が静かにかけられています。また歯科クリニックの待合室では、オルゴールで奏でられるポップスやディズニー音楽に出会うことがよくあります。オルゴールの柔らかく響く澄んだ高音で、キュィーンという歯科独特の機械の高音や異音を少しは和らげたいという狙いが感じられます。
それから、スーパーマーケットでは、館内放送としてポップな音楽がいつも流れていることに気が付くでしょう。加えて魚売り場や肉売り場では、それぞれ違った軽快なリズムの音楽が選択されています。こうしたポップな音楽、テンポの速い曲は、心を高揚させて買い物への意欲を大きくする作用を期待できるという実験結果に基づいています。
一方で、客単価の高い高級路線のスーパーマーケットのBGMには、クラシック音楽が選択されます。これは、クラシック音楽の持つ優雅で高貴なイメージがお店や商品の価値を上げることと、ゆったりとした音楽に合わせて歩き、店内の滞在時間を伸ばして買い物をたくさんしてもらう効果を期待してのことです。
筆者も都心にある輸入食材を多く取り扱う高級スーパーで手土産を調達しようと入ったところ、モーツァルトのピアノ三重奏がかかっており、そのあまりに優雅でゆったりとした演奏に引き込まれてのんびりと店内を眺めて回ったことがあります。高級な商品が音楽の優雅さでさらに良いものに見えてきます。結果、予定になかった高いワインを買ってしまったこともありました。音楽の力は侮れません。
一方、海外の小売店では店内BGMがないことのほうが多いのです。レジの「ピッッ」という電子音と、レジ打ちの人と客がやり取りする会話が明瞭に聞こえてきます。アットホームな雰囲気の時はいいけれど、お客と店員が揉める怒号が聞こえることもあり、そこに音楽がないぶん、殺伐とした気持ちになったりもします。加えて日本の駅では、ホームごとに発車のメロディを変えてさまざまな音楽を流していますが、外国の駅のホームには音楽がないことがほとんどです。海外の駅にいると発車ベルや駅員の放送以外は、行き交う人々の声と足音だけが聞こえます。雑踏というのはこういうことかと、しみじみ感じる瞬間です。こうして海外のお店に入ったりホームに立つたびに、ずいぶん遠くに来たなぁと感じたりします。耳から入る情報が、常に場所や状況を明確にしてくれる例です。