日常生活でよく聞くメロディにもクラシック音楽が隠れています。多くの人が聞いたことがあるであろう、お風呂のお湯張り完了をお知らせしてくれるあのメロディの正体は? 著書『生活はクラシック音楽でできている 家電や映画、結婚式まで日常になじんだ名曲』(笠間書院)から、音楽プロデューサーの渋谷ゆう子氏が、名曲に隠された作曲家の人生や時代背景を交えながら解説します。
「お風呂が沸きました」のあのメロディ
お風呂のお湯張り完了をお知らせしてくれるあのメロディ。ノーリツ製の給湯器から奏でられるセオドア・オースティン(エステン)(1813~70)作曲『人形の夢と目覚め』の一節に続く「お風呂が沸きました」という声を聞いたことのある方は多いでしょう。セリフもセットにしたこの楽曲の一連の流れは、今や日本の夜のリラックススタートミュージックとして定着しているといってもいいほどです。楽曲のタイトルは聞いたことがなくても、音楽を再生すれば必ず聴き覚えがあることに気づくことでしょう。
作曲家オースティンは、これまでご紹介したようなベートーヴェンなどに比べたらそれほど知名度の高い作曲家ではありません。交響曲などの大きなオーケストラ編成楽曲を作ったわけでもありません。ただ、歌曲やピアノの小品(小さな楽曲)で優れた作品を残しました。
同時にオースティンはよき教育者でもありました。小さな子どもから大人まで、音楽に親しみ、音楽を理解できるために彼は尽力しました。そんな彼の作った楽曲のひとつ、この「人形の夢と目覚め」もピアノを習う初期の段階で取り組むことの多い楽曲です。日本でもそれは同じで、筆者自身、ごく幼い頃にこの曲を弾いた記憶があります。
この製品の開発にもそんな日本の音楽教育の背景が大きく影響していました。ノーリツ社の広報に取材したところによると、1995年の製品開発当時、担当した社員の発案で、この曲に決まったといいます。この開発者は幼少期にヴァイオリンを習っており、その隣のピアノ教室に通う子どもたちが弾くこの曲が耳に残っていたというのです。それくらい、この楽曲は音楽教育の分野に広まっているということになります。遠く離れたドイツ・ベルリンのピアノを習う子どもたちのために作られた楽曲が、時を経て、海も渡って日本のお風呂タイムを演出していることを思うと、改めて音楽の持つ力や不思議な魅力に気がつきます。