中堅電機メーカーの開発部長だった野口さん(仮名)は、退職金で住宅ローンを完済したところ貯蓄がゼロになってしまいました。年金の受給方法には「繰上げ受給」「繰下げ受給」の2パターンがありますが、野口さんが老後破産を避けるためには、どちらを選ぶのが正解なのでしょうか。ファイナンシャルプランナーである長尾義弘氏の著書『運用はいっさい無し! 60歳貯蓄ゼロでも間に合う 老後資金のつくり方』(徳間書店)より、詳しく見ていきましょう。
定年早々、退職金を使い果たした〈貯金0円〉の60歳男性…“老後破産”を回避するために選ぶべき「年金の受給方法」は〈繰上げ〉か〈繰下げ〉か【FPが解説】
「繰上げ受給」と「繰下げ受給」、どちらが得?
通常、年金は65歳で受け取りが始まります。しかし、60歳から75歳の間ならば、いつでも受け取ることができます。65歳より前に受け取ることを繰上げ受給、66歳以降から受け取ることを繰下げ受給といいます。
「60歳からもらえるなら、なにもキリキリ働かなくたっていいじゃないか」
こういう意見があることは承知しています。実際約12.3%の人が繰上げ受給をしており、繰下げ受給を選んでいる人はたった1.5%です。「早くにスタートしたほうが長期間もらえて得!」だと考える人が多いようです。これは大きな勘違いです。
野口さんのように働けて、緊急性がなければ、繰下げ受給をするほうが得になります。というのも、早く受け取るほど受給額が減り、遅く受け取るほど受給額が増えるのです。
66歳以降に受け取りを開始する繰下げ受給は、1ヵ月につき0.7%ずつ年金が増えていきます。1年では8.4%の増額です。70歳まで繰下げたとすると、42%の増額になります。増額された年金額は一生涯続きます。
繰下げ受給の損益分岐点は11年11ヵ月です。70歳からスタートしたら、82歳以降はずっと得をするわけです。男性の平均寿命は81歳。微妙ではありますが、これからも寿命は延びていく予想です。女性はほぼ得をしますし、男性も半数以上は得になる方法でしょう。
一方、繰上げ受給は1ヵ月につき0.4%ずつ減らされ、60歳まで繰上げた場合は24%の減額になります。こちらも減額された年金額が一生涯続きます。その損益分岐点は81歳。それ以上長生きすれば、その後は損をします。
繰下げ受給と繰上げ受給でどのくらい差がつくのか、比較してみましょう。
65歳のときの年金受給額が200万円で、95歳まで生きたとします。
・65歳で受給開始の総額=6,000万円
・70歳まで繰下げ受給の総額=7,100万円
95歳まで生きると、繰上げ受給と繰下げ受給ではなんと1,780万円もの開きがあります。65歳で開始した人とも1,100万円の差が出ます。
長生きすればするほど、差は広がります。受給額が大きい人は、繰下げ受給をすることで、年金だけで生活していけるようになります。
夫婦の年金を69歳まで繰下げ受給する
年金の受け取り額をもう少し増やしたいところですが、野口さんの場合、2人そろって70歳まで繰下げると、資金が持ちませんでした。
しかし、69歳までの繰下げならいけます。69歳まで繰下げると33.6%の増額になり、夫は287万円で、妻は114万円。夫婦の年金総額は401万円となります。収支のバランスもプラスになっているため、お金の心配はなくなります。それなりに明るい老後を過ごせるでしょう。
ただ90歳までの貯蓄額が322万円とちょっと少ないのが気になるところ。もし、介護になったり認知症になったりすると、支出が増えます。はたまた配偶者が死亡したときには、年金が半分に減ってしまいます。これでは、本当に安心できる老後ではありませんね。
「もしも…」のときにも繰下げ受給は役に立つ
繰下げ受給はなかなか融通がきく制度で、途中でやめることができます。その際には2種類の方法があります。ひとつは、年金を一活で受け取る方法です。その場合は、65歳時点の受給額で計算され、未支給分の年金が支払われます。要介護になってまとまったお金が必要なときなどは助かります。もうひとつは、途中で年金の支給を開始する方法です。生活費が心配なときは繰下げをやめれば、そこから年金の支給は始まります。こちらは、その時点まで繰下げて増額になった金額を受け取れます。
現在の状況を考えながら、いつ受け取りを開始するかを決めればいいのです。また、繰下げ受給をしている途中で死亡してしまっても、未支給分として遺族が受け取れます。生命保険と同じようにみなし相続財産になるので、相続税の税制優遇があります。