ひと昔前と比べ、多くの方にとって「海外移住」は身近なものとなりました。なかでも、定年退職後に海外へ移住する人が増えています。こうした背景には、海外移住や現地に関する情報がインターネット等で手軽に入手しやすくなったことや、移住先の国での外国人誘致政策が進んでいることなどがあるようです。そうはいっても、海外移住にはリスクも付きもののようで……。本記事では西村さん夫婦(仮名)の事例とともに、リタイア後の海外移住による熟年離婚リスクについて、行政書士の露木幸彦氏が解説します。
年金360万円、定年後は夫婦仲良く「東南アジア移住」も…一転、夫だけ「財産2,700万円」を失い、異国の地に取り残されたワケ【行政書士が解説】
帰りたい妻 vs. 帰れない夫
現在の評価額ですが、居住用のマンションは2,200万円から1,050万円に、賃貸用のコテージは1,100万円から350万円に、そして銀行預金は900万円から513万円へ目減りしています。10年間の経年劣化はあるにせよ、マンションは2分の1、コテージは3分の1です。
どんな投資でも損切りのタイミングは難しいですが、このまま塩漬けにしておき、現地の景気、為替の相場等が好転するまで待つのもひとつの選択肢です。そこで裕司さんは「冗談じゃない! なんで一番悪いときに売らないといけないんだ!」と帰国を拒否。結局、妻は一人で帰国の途についたのです。
息子からの説得
それから3ヵ月間。息子さんから「母さんのために戻ってきて欲しい」と何度も頼まれたものの、裕司さんは「もう少し、もう少しの辛抱だ」と交わし続けます。しかし、新型コロナウイルスの蔓延から3年が経過しても資産が回復する兆しはなし。息子さんもいい加減、堪忍袋の緒が切れたのか。「戻ってこないなら別れてあげて欲しい。日本にあるお金を母さんに渡して欲しい」と切り出したのです。
裕司さんは最初、「なにを言うんだ!」と一笑に付したものの、男に二言はないと、資産が回復するまで戻るわけにはいきません。しかし、国内国外問わず、夫婦の財産をほとんど裕司さんが丸抱えしている状態。妻の国民年金(月5万円)で息子さんに面倒をみさせるのは気が引けます。帰国直後、妻はショックを受けたのか。階段で踏み外してしまい両足を複雑粉砕骨折の重傷を負いました。手術、リハビリである程度、回復したものの、歩行器を利用するようになり、週に2,3回、デイサービスを利用しているそう。その分の費用は息子さんが負担しているのでしょう。
筆者は行政書士、ファイナンシャルプランナーとして夫婦の悩み相談にのっていますが、裕司さんがリモートで相談してきたのは、離婚するかどうかの瀬戸際でした。
法律上(民法758条)結婚しているあいだに築いた財産は夫名義であっても夫の財産ではなく、夫婦の共有です。そして離婚する際は夫と妻で財産をわけ合わなければなりません(民法768条)。按分割合は折半が基本です。
裕司さんの資産は計2,193万円(国内に450万円、海外に1,743万円)なので、本来、妻に1,096万円を渡さなければなりません。しかし、塩漬け中の現地の財産を渡すわけにはいきません。筆者は「国内の資産だけという条件はかなり恵まれていますよ」とアドバイスしました。
そのため、最終的には裕司さんは息子さんの言うとおり、離婚に応じたうえで日本にある財産(450万円)を妻に渡すことを約束したのです。財産は2,287万円も目減りしているため、移住前と比べ2,737万円を失いました。こうして裕司さんは妻を失い、資産を減らし、そして74歳という年齢で親戚も友人もいない異国の地に取り残されたのです。
裕司さんの場合、移住当初の資産は5,100万円。国内が450万円、海外が4,650万円なので、資産の9割を海外に移しました。冒頭で述べたとおり、海外の資産は国内に比べ、リスクが高いのにも拘わらず、海外の割合が高すぎます。もし、資産の2~3割だけ海外に移したのなら仮にリスクが発生し、海外の資産が目減りしたとしても、損切りし、帰国する決断ができたかもしれません。
しかし裕司さんの場合、海外の資産が多すぎて、塩漬けするしかなく、帰国することができませんでした。その結果、妻に逃げられ、捨てられ、国内の資産を失うことになったのです。つまり、海外に移住する際はリスク資産になりがちな海外の分が多すぎないよう、ポートフォリオを組むことが重要です。
増える熟年離婚
熟年離婚(同居35年以上)は1990年で年間1,185組、2020年では6,108組と、30年で5倍に膨れ上がっていますが(厚生労働省の令和4年、人口動態統計特殊報告)、一部は海外移住した人も含まれているため、裕司さんものその一人です。
「いい年で離婚するなんて」と思われるかもしれませんが、逆にいい年だからこそ、残りの人生を悔いなく過ごしたいのです。これだけ配偶者と一緒に結婚生活をやめる人が増えているのですから、決して他人事ではありません。
露木 幸彦
露木行政書士事務所