介護をおこなうのは大変で、思ったようにいかない日々が続いたり、神経をすり減らしてしまったりと、一筋縄ではいかず、先が見えない未来に不安になってしまうこともあるのではないでしょうか。さらに、認知症の母を介護するとなると、実の親子だからこそ複雑な感情がまじりあうことも多々あります。10年間、認知症の母を支え続けたロコリ氏の著書『72歳、好きな服で心が弾む、ひとり暮らし』(KADOKAWA)より、介護生活の苦難と、大変ななかにある心温まるエピソードを紹介します。
介護中の心あたたまるエピソード
それでも、ちょっと心あたたまる思い出も残っています。母の部屋のレースカーテンを優しいペールトーンの柄物にしたときの反応は、「ふーん」とそっけなかったのですが、縁側のカーテンを換えたときは驚くような反応を見せたのです。オレンジやピンクなど、きれいな色が好きだった母のために、子ども部屋のようなかわいらしいプリントのカーテンに換えたら目を輝かせて「あらーおしゃれね〜。ハイカラになったやん」とそれはそれは喜んでくれました。
ダイニングテーブルにIKEAのカラフルな布をかけたときも、母の好きなオレンジやグリーンが入っていたので、きれいきれいとハイテンションで喜んでいました。もともと華やかな色が好きで、ピンクやオレンジの服もなんの抵抗もなく着こなしていたので、認知症ではあっても美的センスには最後までこだわりがありました。
私が、お年寄りがはくニットジャージのようなズボンを「暖かくてはきやすそう」と思って買ってきても「こんなばあちゃんみたいなの」といって絶対にはかず、たっぷりとストレッチの入ったジーンズばかりはいていました。
母を連れて夏祭りに出かけた日のことはよく覚えています。
その日は私ももう料理を作るのもめんどうで、夏祭り会場に母を連れていき、やきとりでも買って夕食にしようと思っていました。ところが母は、断固として「行かん!」と、なだめてもすかしても動こうとしません。しまいには大げんかになり、母が「わかった。もうあんたのいう通りにする!」とベッドにあった本をバーンと投げつけ、やっといい争いが終わりました。
険悪な雰囲気でしたが、なんとか母を車椅子に乗せて会場に行くと、盆踊りが始まっていました。「ここで待っとってね」と車椅子を隅に寄せ、夜店に買い物に行こうとしてふと振り返ると、母が必死で車椅子から降りようとしています。周りの人が一生懸命手伝ってくれて車椅子を降りた母は、そのままトコトコと盆踊りの輪に入っていき、なんと、踊り始めました!
会場の雰囲気と、久しぶりにお友達と会ったことで急に元気が出たようでした。やっぱり音楽や踊りが好きだったんですね。
その後は機嫌よく、「今日は楽しかった」と帰ることができました。
こんな介護の日々は、丸10年続きました。
ロコリ
YouTuber