日本人のみならず海外の観光客からも愛される「江戸前鮨」。メディアにもよく登場するような、予約の取れない鮨屋だと、「おまかせコース」で3万円超えの場合もザラですが、「2万円前後やそれ以下でも、3万円超の店と同等かそれ以上の魚を使っている店はいくつもある」と、鮨評論界の第一人者であり、著述家の早川光氏はいいます。早川氏の著書『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべき本当の名店』より、詳しく見ていきましょう。
本当の「名店」は隠れている
ご存じの方もおられると思いますが、僕は2014年から2019年までBS放送の『早川光の最高に旨い寿司』という番組のナビゲーターを務め、90回の放送で89軒の鮨屋を紹介してきました。この89軒はすべて、僕が客として足を運び、実際に食べた中から選んだものです。
最初のうちは有名店や人気店、前々から親しくしている店を中心に選んでいましたが、やがてそれにも限界が来て、出演してくれる鮨屋を一から探さなくてはならなくなりました。とはいえ闇雲に訪ねるわけにもいかないので、鮨職人や仲買人などの同業者に情報を聞いて回ることにしました。
なぜ同業者に聞いたのかというと、純粋に築地や豊洲市場で上質な魚を買っている店を知りたかったからです。評判や噂はあてになりませんが、同業者の目から見て「いい魚を買っている」「上手な買い方をしている」店であれば間違いなくレベルが高いだろう。そう考えました。
情報を集めてみて驚いたのは、名前が挙がった中に僕が知らない店がいっぱいあったことです。初めて名前を聞く店もあれば、ネット検索をしてもほとんど口コミが出てこない店もある。なのでちょっと不安に思いながら食べ歩いたら、何軒も見つかりました。「知られざる名店」が。
住宅街で極上の魚ばかり揃えている店。伝説の名人の薫陶を受けた燻し銀職人がやっている店。仲卸の修業経験がありマグロの熟成に一家言ある店。どこも銀座の高級店とは違う、独自の個性を持った鮨屋ばかりです。
ところがそういう店はみんなテレビに出たがらない。親方のポリシーというのもありますけど、だいたいはメディアに出ることで店が混んで「常連客に迷惑をかけたくない」という理由からです。頑張って交渉したのですが、番組に出てくれたのは2軒に1軒ぐらいでしょうか。その時に思い知らされました。「本当の名店は隠れている」と。
僕も関わっているからわかりますが、雑誌やテレビ等のメディアは出たがらない鮨屋を口説くことは基本的にはしません。逆に積極的で喋りが達者な鮨職人には何度も出演をお願いしてしまったりする。だからメディアに出る“名店”は同じ顔ぶれになりやすい。でも本当はそうした“表に出る名店”より“隠れた名店”の方が数が多いのです。
だから「そんな店は聞いたことがない」と知名度だけで敬遠したりせず、好奇心を持っていろんな店を訪ねてみてほしい。結果としてそれが、本当に旨い店を見つけるための近道なのだと思います。
早川 光
著述家