ビットコイン現物投資型のETF申請が話題となるなど※、注目を集める「暗号資産」。注目に伴い、日本の暗号資産はサイバー攻撃者にますます狙われることが予想されています。2018年には、暗号資産(仮想通貨)交換業者「コインチェック」から約580億円相当の暗号資産「NEM(ネム)」が盗まれる事件が発生しました。本記事では、この事件をもとに、「暗号資産」を盗んだ犯人はどう追跡されるのか。盗んだ暗号資産は没収できるのか。フィンテックにおけるサイバー犯罪の現状について、NEM流出事件の弁護団としても活躍する弁護士の伊藤健氏が解説します。※ETF:上場投資信託のこと。ETFが承認されると、ビットコインの大幅な価格上昇が見込まれている。
被害額580億円相当…「暗号資産」を盗んだ犯人はどう追跡されるのか?サイバー犯罪の現状 (※写真はイメージです/PIXTA)

「占有=所有」のルールの壁

(※写真はイメージです/PIXTA)
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実は、こうした「占有=所有」のルールは、暗号資産から始まったわけではありません。このルールは、古くから現金(貨幣)にも適用されています。

 

たとえば、あなたのスマホが盗まれ、犯人があなたのスマホを持っていたとしても、その所有権はあなたに残ったままです。

 

しかし、あなたの現金1万円札が盗まれたとしても、あなたは犯人に対して1万円を返せという債権は持っていますが、盗まれた1万円札それ自体の所有権があるわけではありません。なぜなら、現金には「占有=所有」のルールが妥当するため、犯人がその1万円札を占有している以上、犯人に所有権があるからです。

 

暗号資産は、かつて「仮想通貨」といわれていたように、こうした現金と同じ「占有=所有」のルールが適用されるのです。つまり、暗号資産のシステムは、暗号資産の移転のためには秘密鍵の情報さえあれば足り、その秘密鍵が盗まれたものであるかどうかに興味はありません。

 

そうすると、NEM流出事件の犯人Xが暗号資産のシステムに「虚偽の情報」を与えたとはいえず、犯人Xの行為は電子計算機使用詐欺罪には該当しないのです。

 

流出したNEMは「犯罪収益等」に該当しませんから、これを得た31人の行為は、なんら罪にも問われないことになります。

 

下級審では「正規の秘密鍵保有者による取引が当然の前提とされている」としてNEMを得た者を有罪とした判決もありますが、暗号資産のシステムでは、暗号資産の移転には秘密鍵があれば足り、そこには「正規」か、否かという概念は存在しません。現在、こうした点が最高裁で争われており、その判断に注目が集まっています。

 

暗号資産は、「占有=所有」というルールがあるからこそ、銀行や政府のような中央管理者が不要であり、これに支払う手数料も不要となることこそが大きな特徴です。もし、最高裁が暗号資産の取引において秘密鍵が「正規」か、否かが問題になるとすれば、暗号資産の「占有=所有」のルールが崩壊し、こうした暗号資産の特性が失われてしまいます。

盗まれた暗号資産は没収できる?課題が残る法整備

(※写真はイメージです/PIXTA)
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仮に、暗号資産を盗んだ場合、その暗号資産はどのように没収されるのでしょうか? かつての組織的犯罪処罰法については、同法に違反しても暗号資産を没収できないとの下級審判決がありましたが、令和4年改正により没収ができるようになりました。

 

もっとも、暗号資産の没収には課題もあります。暗号資産交換業者等に預託して保有する間接保有型の場合、国はその暗号資産交換業者等から、有罪とされた被告人の暗号資産を没収することができます。諸外国では、当局が管理するアドレスがあることから、そこへの移転により没収することになるのでしょう。

 

他方、暗号資産交換業者等を介さずに、自らのアドレスで直接保有する自己保管型の場合、暗号資産の移転を求めても、犯人の秘密鍵がない限り移転できません。しかし、秘密鍵を差し押さえることは技術的に難しいことから、現在は秘密鍵の管理者に暗号資産の移転をするように命令し、これに違反して移転しなかった者に対して罰則を設けることなどが議論されています。

 

このように、現行法は、暗号資産をめぐる犯罪に十分対応できるものにはなっていません。また、捜査機関や裁判所も、暗号資産の特性を十分に理解せず、拙速な対応をしている印象が否めません。今後、実効性のある適切な法律が制定され、暗号資産に対する正しい理解のもとで運用されることを願うばかりです。

 

 

<著者>

伊藤 建(いとう たける)


弁護士、法務博士(専門職)、大阪大学大学院高等司法研究科非常勤講師、広島大学法科大学院客員准教授、関西大学法科大学院非常勤講師。

内閣府、消費者庁を経て、琵琶湖大橋法律事務所開業後、資格試験プラットフォームを運営する株式会社BEXAを創業。日本海ガス株式会社入社を経て、法律事務所Zを創立。多数の一般民事事件に従事したほか、初の受任事件で無罪を獲得し、第14回季刊刑事弁護新人賞最優秀を受賞するなど、訴訟戦略に強みを持つ。中小企業・ベンチャー企業の一般企業法務のみならず、起業家弁護士として、DX改革や新規事業創出支援、ルールメイキングも得意とする。