インターネットやデジタルテクノロジーを活用し、遠隔地にいる病理医が病理診断を行えるように構築した診断システム「テレパソロジー」。通常の病理診断に比べ2倍近くの時間がかかるなど、まだまだ課題は残りますが、デジタルインフラの発展等により、技術的にはすでに顕微鏡による診断と遜色ない精度での診断が可能となっており、慢性的な病理医不足の問題を解決する可能性を秘めています。本稿では、乳がん診療の現場に「テレパソロジー」を用いた術中迅速病理診断を導入した、ときわ会常磐病院乳腺甲状腺外科・尾崎章彦医師の報告から、導入初期における問題点と対策について考えていきます。
遠隔地からの病理診断を可能にする「テレパソロジー」…〈病理医不足〉解決のカギとなるか?【乳がん治療現場からの報告】 (※写真はイメージです/PIXTA)

※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

病理医は全医師のわずか0.7%…期待を集める「テレパソロジー」とは

(※写真はイメージです/PIXTA)
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「テレパソロジー」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

 

テレパソロジーとは、いわゆる遠隔病理診断。通常、医療機関内で病理医が患者の病巣部や細胞、組織を顕微鏡等で観察することで、どのような病気にかかっているか診断するために実施している病理診断を、インターネットやデジタルテクノロジーを利用して、遠隔地にいる病理医が行えるよう構築した診断システムを指します。

 

この病理診断には、手術で病巣を全摘出して行う方法のほかに、組織を部分的に摘出して診断に用いる方法があります。

 

病理診断はさまざまな疾患において要となる診断手法ですが、とくに重宝されるのが、がんの診断です。たとえば筆者が携わる乳がんの診療でも、マンモグラフィーや超音波検査からどれだけがんが疑われても、病理的に乳がんと診断されなければ、治療に移ることはありません。

 

ただ乳がんの診断については、難しいケースでは病理医の間でも診断が真っ二つに割れることが、過去の研究からも知られています。その点、乳がんの治療を行う上で信頼できる病理医の存在ほど頼もしいものはありません。

 

しかし、“信頼できる”病理医以前に、病理医自体をみつけるのが難しいというのが日本の現状です。

 

2020年に厚生労働省が実施した三師(医師・歯科医師・薬剤師)調査の結果によると、医療機関に勤務する病理医の数はわずか2,120人。2017年調査時の1,993人からは増加しているものの、20年に医療機関に勤務していた医師32万3,700人の0.7%に過ぎません。

 

病理医が在籍していない医療機関はごまんとありますし、筆者がかつて勤務した1,000床規模の医療機関にも、せいぜい1人か2人しか在籍していませんでした。全国で病理医が数百人増えたからといってどうにかなる状況ではなく、筆者は、日本全国の医療機関に病理医が常駐する日は今後も訪れないのではないかと感じています。

顕微鏡での診断と遜色ない精度で診断が可能だが…所要時間には課題も

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

こうした背景もあり、以前から期待されていたテレパソロジーですが、近年の技術の進歩により、その診断の精度は「顕微鏡を用いての読影と遜色ない」レベルにまで達しています。

 

その肝は、デジタルスキャナーの存在です。病理標本の画像を高精度でデジタル化することが可能となり、PCモニターで読影できるバーチャルスライドが実現しました。さらに近年は読影ソフトウェアが進歩し、拡大や縮小等も自在に操作できるようになったことで、読影環境はさらに改善しています。

 

もう1つ重要なのが、デジタルインフラの整備です。インターネット回線の高速化やクラウドネットワーキングの進歩により、病理医は医療機関というハコから解放されました。遠隔地にいながらリアルタイムで病理診断を行える準備がいよいよ整ったのです。