病理医がいない地域の患者も“質の高い治療”を受けられる未来
概ね正確性を保っている、とはいっても、それぞれのシステムには精度以外の点で長所・短所があります。
クラウドシステムでは、依頼側の医師はバーチャルスライドが完成すれば病理医が診断している間にほかの作業ができ、病理医も自分のペースで診断ができます。しかし、機械が高額で導入コストが高く、また、バーチャルスライドを作製する分、報告までの時間が遅くなってしまうという短所があります。
一方のテレビ会議システムは、VPN(仮想プライベート・ネットワーク)回線※を用いるため比較的導入コストは安価ですが、診断中は依頼側もつきっきりで、病理医と息を合わせて顕微鏡を操る必要があります。導入に際してはこのような特徴を踏まえた上で、自施設の環境に適したシステムを選択することが重要になります。
※VPN回線:公衆回線や通信事業者が持つ閉域網などを利用して構築された仮想のプライベートネットワーク。比較的廉価で安全に専用回線と同じ機能を得られる。
また、所要時間についてはまだまだ改善が求められます。
通常の術中迅速病理診断の約2倍も時間がかかった背景には、①術中迅速病理診断を経験した技師がいなかったり、テレパソロジーの導入初期段階で機器の扱いに不慣れであったりしたこと②バーチャルスライドの作製や標本の準備ができてから遠隔地の病理医に連絡を取るなど通常の術中迅速病理診断よりも工程が多いこと、という2つの原因があったと考えています。
術中迅速病理診断の所要時間が延びるということは、手術・全身麻酔の時間が延びることであり、それは患者の負担増に直結します。作業工程の効率化を進め、患者の負担を極力減らすために、まだまだ改善が必要です。
今回紹介した研究は、あくまで数ある遠隔術中迅速病理診断システムのうちの2パターン、かつ導入初期のデータに基づく検証に過ぎません。遠隔術中迅速病理診断は着実に普及しており、その評価に関する報告も増えています。
しかし、遠隔術中迅速病理診断は導入コストが高く機械の操作への習熟も必要です。そのため必要性を感じていても、導入に二の足を踏む施設もあることは想像に難くありません。
今後、テレパソロジーの有用性や運用に関する知見が蓄積されることで、遠隔術中迅速病理診断の導入ハードルが下がり、さらに普及が進むことを期待します。その結果、凍結標本の作成技術やプロセスが標準化され、遠隔病理診断の質のばらつきが減り、病理医がいない地域の人も質の高い治療を受けられるようになる−−−−筆者はそんな未来を信じています。
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尾崎 章彦
ときわ会常磐病院乳腺甲状腺外科
福島県いわき市在住。いわきと南相馬で地域医療に従事しながら、震災に伴う健康影響の調査のほか、製薬マネーが医療に及ぼす影響などを調査している。