(※写真はイメージです/PIXTA)

オーストラリア最大のリゾート地、ゴールドコースト。その誕生には、実は日本が大きく関わっています。今回は、その背景を、32年間にわたってオーストラリアで不動産ビジネスを手掛けている株式会社ワイドエステートの砂川盛作代表が解説します。

バブル崩壊後、日系企業はゴールドコーストから撤退…

しかしその後、日本でバブルが弾けたことで、将来性を見越してゴールドコーストに進出した日本企業や投資家は事業計画の変更を余儀なくされ、巨額を投じた資産を安値で売却し、撤退しました。

 

その結果、ゴールドコーストには、バブル崩壊で撤退した日系企業の建物が今でも各所に残っています。実は、ゴールドコーストにある5つ星のホテルやチャンピオンシップのゴルフ場は、ほぼすべて日系企業が開発したものなのです。

 

余談になりますが、クィンーズランド州政府が外資(当時は実質的に日本を対象)を誘致するために特区として定めたエリアには、日本の芸能人の別荘もあるサンクチュアリー・コーブ・リゾートや、松下幸之助の資産会社が開発したロイヤルパインズ・リゾート、そしてホープアイランド・リゾートなどがあります。

 

このエリアの特徴は、外国人でも中古の居住用不動産が自由に売買できるということです。日系企業が巨額の資金を投じてホテル、ゴルフ場、マリーナを開発し、その後も雇用を創出することから、このエリアに限り売買の規制が緩和されているのです。

 

さらに、現在開発中の、カジノ施設などの複合リゾートがあるゴールドコーストのザ・スター・レジデンスのエリアも、日系企業誘致のための特区としてそのときに指定されたものです。

 

以上のように、ゴールドコーストの歴史を読み解くと、いかに日本が今日のゴールドコーストの発展に寄与したかがわかります。

 

砂川 盛作

株式会社ワイドエステート 代表