有名作品ともなれば今や数百億円で売買されるケースもある「フランス近代絵画」。本連載では、このフランス近代絵画を中心に取り扱う翠波画廊の代表である髙橋芳郎氏に、フランス近代絵画の魅力、そして「資産」として見た場合の価値などについて、詳しく解説していただいた。第2回目は、子や孫へ引き継いでいける「家宝」の価値について見ていきたい。

生前の父が熱心に手入れをしていた「守り刀」

すでに亡くなった私の父は、1970年代の刀剣ブームの頃に、日本刀の収集を趣味にしていました。当時はブームの真最中ですからそこそこの値段を出して購入していたのではないかと思います。日本刀というのは絵などと違って金属ですから、放っておけば錆が浮いてきます。そのため定期的に古い油を拭い取って、新しい油を塗る必要があり手間がかかります。ブームが過ぎ、収集熱も冷めるとそのような手入れが大変になったのか、父はお気に入りの1本だけを残して他のものは処分してしまいました。その1本は家の守り刀だと言ってその後、床の間に飾っていました。

 

父はお客さんが来てその刀に関心を示す人がいると刀を鞘から抜いて見せ、手入れのための道具を出してきては、手入れの手順を楽しそうに見せていました。まずは柄の先に砥石の粉が入った、てるてる坊主のような形の打ち粉と呼ばれる道具で刀身を軽く叩いていきます。刀身の両面にまんべんなく打ち粉をしてから古い油を取るため上拭い紙で拭います。その後、ガーゼで椿油を刀身に軽く塗れば作業は完了です。その工程を見せてからお客さんに刀身を見せ、刃先の波打つ波紋にもいろいろあることを説明していました。父がその1本を残した理由として波紋が綺麗だったからというようなことを言っていたように思います。

 

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そんな父は末期の癌だとわかって、3か月の入院生活であっという間に亡くなりました。葬式を終え、次男だった父は本家の墓の敷地の一画に墓を建てることになっていたので、墓石や仏壇の手配をしているうちに数か月が過ぎていました。

価格価値だけでは計れない…父が遺したもの

そんな時、母から父の刀剣をどうするかと相談を受けました。私自身は刀剣には全く興味がなかったのですが、そうは言っても父が大切にしていた形見です。それまで刀には興味がなかったことと、危険なものということで、鞘から刀身を抜いたことはありませんでした。父が入院したのが半年前、入院前から体調を崩していた父が最後にいつ手入れをしたのだろうかと思いつつ、初めて鞘から刀を抜いてみました。案の定、刃先にうっすらと錆が浮いていました。どうしたらよいのか、手入れの仕方が分からない私は、父の道具箱を出してきて応急処置として取敢えずガーゼに油を付けて塗ってみました。

 

その後、同業者に刀剣を取り扱う業者さんを紹介してもらい、残された刀の相談をしました。錆の出た刀剣は研ぎに出さないといけないので料金を聞いたところ、約27万と40万円の2パターンがあると言われました。違いは何かと尋ねると、お願いする工房の師匠だと高く、そのお弟子さんだと安いというような説明を受けました。父の大切にしていた思い出深い刀ですから価格にはこだわるつもりはありませんでしたが、当の刀がどの程度の価値なのかを聞いて判断しようと思いました。

 

そこで刀剣業者の方にその旨を伝え、刀の価値を聞いてみました。その方が言うには今売ろうとすると25万~35万円程とのことでした。父がいくらで買ったのかは今となっては分かりません。ただ、生前の父の話からすると1970年代当時、200万~300万円で買ったのではないかなと思います。ブームも去ったので、価格も安くなったのでしょう。刀そのものの価格よりも研ぎの価格のほうが高いということで、研ぐことをあきらめるという選択もあったかもしれません。

 

しかし、私にとっては父が大切にしていて、いろんな思い出と共に長く家にあったかけがえのないものです。お弟子さんのような方でも研ぎの仕上がりは素人が見てわからないということだったので、安いほうでお願いしました。研ぎをお願いしてから1か月半程で刀は綺麗になって帰ってきました。綺麗になった刀をかざしていると、嬉しそうな父が傍らにいるような気がしました。今までの私の人生の過程での私の小さな成功、大学受験、結婚、子供の誕生、共に我がことのように喜んでくれた時の嬉しそうな父の姿を思い出しました。

思い出と共に先祖の「思い」まで受け継ぐアンティーク

私自身は今も刀剣が好きなわけではありませんが、3、4か月に一度、父の残した刀剣を錆ないように手入れをしています。その時は何となく父のことを思いながら手入れをしていますが、そのようなときにふと、まだ私が幼かった頃、父の大きな手に引かれ近所のお宮さんへ初詣に行ったこと、中学生の時、父の運転するトラックの助手席に乗って荷物運びを手伝ったこと、その時に交わした父との会話などを思い出すことがあります。

 

幼少の頃の父と手をつないだ時、大柄だった父の大きく骨ばった手の感触さえもが思い出されます。私は、父を敬愛していましたが、父が刀を残さなければ父を思い出すのも年2回の墓参りの時か、家族の会話の中で父の話が出た時くらいになっていたかもしれません。たった一つの美術品が世代を超えた懸け橋になることをつくづく実感しました。

 

デサップ「シャンゼリゼ通り」(油彩15号)
デサップ「シャンゼリゼ通り」(油彩15号)

 

家宝という言葉は大袈裟かもしれませんが、その家に代々伝えられるようなアンティーク(骨董品)は両親や祖父母など、ご先祖様に思いを馳せたり、その思いを受け継いだりするきっかけになります。もちろん代々受け継がれるものは株や債券などの有価証券、家屋敷などの不動産といった財産でもよいのですが、形として普段は目にすることがなかったり、あるいは当たり前のように存在したりするものは、感動を呼び起こす力が弱いような気がします。やはり子孫に伝えるものは、美術品や骨董品が適しているのではないでしょうか。

 

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私にも息子がいます。息子が生まれた時、世継ぎができたと喜んだ父の思い出として、息子には父の刀を大事に受け継いでほしいと思っています。

 

ところで、私自身が息子に何を残してやるか、大きな課題が残っています。私の趣味は、昭和のメイドインジャパンのブリキの怪獣やロボットの収集です。場所を取ることと、近年は良いものが出なくなったこと、価格も高くなったことから、このところあまり購入していませんが、そんなものでも私の人となりが分かっていいのかなと思っています。しかしながら「資産価値」という意味では、やはり私が取り扱っている美術史に名を残す巨匠の作品をのこしてやろうかとも思われて、悩みどころですが、ゆっくり考えていこうと思います。

取材・文/田島隆雄
※本インタビューは、2017年8月14日に収録したものです。