今回は、民事信託の効力を最大化する成年後見と遺言の併用について見ていきます。※本連載は、司法書士・河合保弘氏の著書、『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』(日本法令)の中から一部を抜粋し、種類株式や民事信託などを活用した具体的な事業承継対策について、様々な実例を用いて解説していきます。

本人の代わりに財産管理する「成年後見制度」

去る2000年4月、我が国においても成年後見制度が導入されました。

 

これは旧来からの民法にあった禁治産制度(自分で全く財産管理ができない状況の人が対象)及び準禁治産制度(禁治産状態に近い人と浪費者が対象)を全面改正したもので、認知症や心身の障がい等によって自ら財産管理をすることが困難な人につき、その人の症状の程度に合わせて「後見」・「保佐」・「補助」の3類型に分類し、それぞれに「後見人」・「保佐人」・「補助人」という名称の代理人的な人を家庭裁判所が選任して付けることにより、本人の代わりに財産管理をしてもらうという制度です。

 

 

当時、認知症の症状が出てきている高齢者が、いわゆる悪徳商法にだまされて不利な契約をさせられてしまい、その結果として多額の財産を搾取されるといった事件が続発して社会問題化しており、そのような契約について後見人等が事後に取り消しをしたり、そもそも財産自体を後見人等が預かったりすることを認めることで解決しようとしたものと言われています。

 

ただ、我が国の後見制度は、後見先進国であるヨーロッパ諸国と比較して、被後見人(後見される本人)の権利を必要以上に剥奪する内容となっている(つい最近までは選挙権すら剥奪していた)ことが果たして正しいことなのかと指摘されています。

 

さらに現在は、財産を預かった後見人がその財産を横領する事件が後を絶たず、そのせいもあって家庭裁判所の監督が厳しくなり、後見人が被後見人のために財産を使おうとしても自由にはできず、制度自体が更になお硬直化してきていることが問題視されつつあります。

本人によって後見人を指名できる「任意後見制度」

成年後見制度には、前記のような家庭裁判所が後見人を選任する「法定後見制度」の他に、本人の心身が健全な間に将来の後見人候補者をあらかじめ選んでおくという「任意後見制度」が存在します。

 

これは本人と後見人候補者との間で契約を行い、これを公証役場で公正証書にするという形式で行われますが、実は我が国ではこの任意後見制度はあまり普及していません。

 

 

しかし、この制度には、様々な活用法が考えられます。例えば、中小企業の経営者が事業承継を踏まえて、自分の長男や長女を後継者として指名する意味で任意後見契約を行う例があります。

 

任意後見自体は、本人が認知症等で能力を喪失した後に、後見人候補者が家庭裁判所に申し立て、裁判所が「任意後見監督人」を決めた段階から効力を生じることになっていますが、実際には最初の任意後見契約の段階で、本人がそれに至るまでの状況においても、将来の後見人候補者が一定の範囲で代理権を行使できる「任意代理契約(委任契約とも言う)」を同時に締結するケースが多くなってきています。

 

これによって、本人が完全に能力を失う以前で、任意後見監督人が付される前の段階においても、後見人候補者が本人の代理人として活動することが可能となるのです。例えば、中小企業経営者が持つ株式の議決権行使を後継候補者が行うことによって経営のデッドロック化は防止できますし、入院契約や施設への入所契約等の簡単な契約については代行することができますので、その活用が期待されています。

民事信託の対象となるのは「財産」のみ

もちろん任意後見契約及びその前の段階における委任契約によって、かなりの部分で本人の財産管理を将来の後見人候補者が代行できるのですが、やはりその権限には限界があり、何でも自由に決定できるということではありません。

 

その点では、これまでに解説しました民事信託を活用することによって、信託契約された特定の財産については、元の所有者が認知症等になって自ら管理できなくなったとしても、受託者が元々の契約に従った管理行為を行いますので、全く問題が生じないということになるのです。

 

すなわち、本人に契約能力がある間に締結された民事信託契約によって信託された財産については、成年後見人の権限の対象外とされるということです。そのことから、民事信託契約をすれば後見人は不要であるとか、あたかも民事信託が万能であるかの如く説明する専門家も存在するようですが、それは違うと考えます。

 

民事信託の対象となるのは、あくまでも「財産」のみであり、成年後見が対象としている被後見人に代わって入院や入所の契約をすることや、悪徳商法に騙された契約を取り消す行為などは、決して民事信託で代行できるものではなく、少なくとも併用を考えておくべきでしょう。

 

 

また遺言についても、確かに民事信託契約で「二次受益者」を決めておくことによって「遺言代用信託」という構成を取ることは可能ではありますが、これに関しても「財産」のみに対する効力であり、遺言書が持つ財産以外の心情的な部分や規範的な部分について、民事信託が代行することはできませんし、遺言には「遺留分減殺請求の順序の指定」など、他の制度にはない特有の効力があります。

 

その意味から、民事信託は成年後見・遺言とのセットであってこそ、初めてその効力がマックスになると考えるべきであると思います。

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    本連載は、2015年3月30日刊行の書籍『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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