前回に引き続き、相続関係が複雑な家系の事例を取り上げます。まずは、民事信託を使わないパターンの相続対策を見ていきます。※本連載は、司法書士・河合保弘氏の著書、『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』(日本法令)の中から一部を抜粋し、種類株式や民事信託などを活用した具体的な事業承継対策について、様々な実例を用いて解説していきます。

何もしなければ経営・財産管理がストップする?

前回に引き続き、株式会社矢代不動産の事業承継について見ていきます。

 

【矢代忠義が何もしなかった場合

①認知症になった時

 

忠義個人名義となっている収益マンションの賃料は忠義個人の口座に入金されるため、誰も出金できなくなりますし、投資している上場株式の売買も不可能となります。

 

また、忠義が大多数を所有するY社の株式に関する議決権の行使が不可能となり、Y社は株主総会の開催自体ができず、経営が完全にデッドロックに乗り上げてしまうことになるでしょう。

 

数か月後には家庭裁判所によって法定後見人が付けられることになりますが、後見人は最低限の財産管理しかしてくれず、株主としての議決権行使、不動産に関する建替えや大修繕、上場株式の売買等は、いずれも非常に困難であることに変わりはありません。

 

 

②死亡した時

 

忠義所有の財産はすべて法定相続の対象となり、恵子2分の1、茂義と博義が各4分の1と機械的に分けられてしまい、3人の間で話し合いができなければ、Y社の経営はもちろん、すべての財産管理がストップする可能性が高くなります。

 

さらにその後、恵子も何もしないで死亡した場合には、全財産が前夫との子である道夫に相続されることとなり、矢代家の財産の半分が、全く関係のない人物に渡ってしまいます。

 

このように、矢代忠義が何もしないままで時間が過ぎることは、極めて危険な状況であり、かつ何もしない忠義は「無責任である」と責められても致し方ないでしょう。

任意後見制度では会社経営の問題は解決困難

【従前の方法(民事信託を使わない方法)による対策

①隠居

 

「隠居」とは、第二次世界大戦前の民法では認められていた制度で、自らの意思でもってすべての財産や身分を生前に次世代に承継してしまい、自らは何も持たない状況となることで、かつ必要によっては隠居を中止して元の状態に戻すことも可能という、極めて柔軟かつ便利な制度でしたが、現行民法では認められていません。

 

もし「従前の方法」を使って隠居をするとすれば、忠義が所有する株式や不動産を恵子や茂義に贈与する、または管理会社を設立して名義を移転する方法が考えられますが、前者の場合には異様に高額な贈与税が課せられる上に、一度贈与した財産を元に戻すには再び贈与税が課せられることになりますし、後者の場合には忠義個人から法人への売買となるため、譲渡所得税、不動産取得税等の流通税の課税が避けられず、かつ管理会社の株式の相続の問題が残ってしまうため、いずれも困難であるという答えにしかなりません。

 

②認知症

 

認知症対策として、任意後見制度の利用が考えられます。これは本人が元気なうちに自分の将来の後見人候補者を決めておき、「任意後見契約」を公正証書で行っておけば、その候補者が後見人として選任される可能性が高いという制度で、このケースでは忠義が恵子か茂義を候補者として契約することが考えられます。

 

しかし、忠義のように資産家であり、かつ相続関係が単純ではないケースにおいて親族の一人を後見人とすることは困難であると家庭裁判所が判断する場合も有り得るようですし、仮に任意後見人に選任されたとしても、法定後見人と同様に、財産を積極的に活用するような権限は与えられませんので、やはり会社の経営や上場株式の投資的売買は困難と考えるべきでしょう。

 

③死亡

 

「従前の方法」としては遺言以外に考えられず、忠義が恵子、茂義、博義にそれぞれ相続させるべき財産を記載することになるでしょう。

 

 

しかし、恵子に取得させた財産は恵子が改めて遺言を書かなければ矢代家側には戻ってはきませんし、さらに恵子が遺言を書いたとしても、恵子の相続人である道夫には、我が国の制度上では異様に強力な遺留分減殺請求権がありますので、半分の財産は道夫に回ってしまう可能性が高いと思われます。

 

さらに、茂義と博義の関係が良好ではないということから、茂義にY社株式を含む多額の財産を遺言で与えた場合には、博義も遺留分請求権者となり得ますし、仮に遺留分以上の財産を博義に与えようとすると、Y社株式が分散したり、不動産が共有になったりして、その後の管理が難しくなる可能性が高くなってしまいます。

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    本連載は、2015年3月30日刊行の書籍『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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