本連載は、司法書士・河合保弘氏の著書、『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』(日本法令)の中から一部を抜粋し、種類株式や民事信託などを活用した具体的な事業承継対策について、様々な実例を用いて解説していきます。

後継者が決まっていないH社だったが・・・

株式会社花光工業所(H社)は、金属製品の折り曲げ加工に関して卓越した技術を持っており、決算も毎期黒字、取引先との関係も安定していますが、唯一の心配事は、創業者・花田宏冶(70歳)には一人娘の幸子(41歳)しか相続人がおらず、その幸子はまだ独身で、今は別の仕事に就いているため、現時点で後継者は決まっていません。

 

現場は工場長の前川健一(48歳)、技術部長の榛名孝義(45歳)、経理部長の立花勝敏(39歳)の3名の生え抜き従業員を中心に回っており、花田は70歳に達したのを機に、彼ら3人を取締役に引き上げ、向こう3年くらいの間に、そのうちの一人を次期経営者にしようと考えました。

 

株式については、創業時は花田宏冶と妻とで各100株を所有していましたが、妻が死亡した際に50株が娘の幸子に相続され、現在の株主は花田宏冶(150株)と花田幸子(50株)となっており、1株の時価は100万円と評価されています。

 

 

花田は、会計事務所から「従業員に株式を売却するのであれば1株5万円で可能」という情報を得て、前川ら3人に毎年各10株を3年間、1株5万円で譲渡することで、相続税の節税にもなるし、最善の対策であると考えていました。

 

しかし幸子は、H社の経営に全く興味がない訳ではなく、現場に出るのではないオーナー的な仕事であれば、将来的にH社に関わる気持ちがあるということなので、今回の従業員への株式譲渡には抵抗を示しています。

 

一方、前川ら3人は、H社の仕事自体は大好きで、社長の花田を心から尊敬していますが、自ら進んで経営者になろうという気持ちを今は持っておらず、取締役就任はともかくとして、株式譲渡の話には戸惑いを感じているようです。

「取得条項付株式」でいざという時のリスクに備える

上記のように、今の段階では実際に誰がどのような形でH社の後継者となって事業承継をするのかが未定であり、かつ各関係者の意思も十分に固まっていない状態ですが、現経営者の意向で、どうしても従業員に株式を譲渡したいということなので、ここは暫定的な対策、すなわち「後戻りもできる対策」として、取得条項付株式を使うしか方法がないものと考えられます。

 

前川ら3人の意向も、取締役就任によって実質的に昇給となることもあって、出資自体への抵抗は少ないようですし、全員が会社の発展を強く望んでいるようですので、取得条項付株式の取得条件は下記のように定めることにしました。

 

 

これにより、創業者は3名の従業員に対して1株5万円で株式の一部を移転し、もし従業員が死亡や退職等の理由で会社との関係を絶った時には、会社が時価で買い戻すことができるようになります。

 

買戻し段階での時価が高ければ従業員株主側に課税が生じますが、それ以上に会社の発展をモチベーションとすることを重視した決定ということです。もちろん、時価による買戻しが必須ということではありませんから、各事例に応じて買戻し価格は自由に設定しても、全く差し支えありません。

 

例えば、1年経過ごとに最初の移転価格に○○%を加えるといった「社債型」の買戻し価格決定方法も有効ですが、その場合には税務上「社債類似株式」とみなされ、異なる課税体系になることにご注意ください。

 

 

種類株式を活用する際は専門家の意見を必ず仰ぐ

種類株式の活用によって、会社法制定前には絶対に実現不可能であった各種の設計ができるようになり、これを中小企業のリスクマネジメントに役立てることができるのですが、まだまだあまり普及しているとは言えない状況だと思います。

 

もちろん、種類株式を使えば何でもできるということではありませんし、逆に設計を誤った場合には取り返しのつかない事態に陥ってしまう危険性も有り得ます。

 

そういった意味では、この事例では「もう一つの方法」として、株式信託の活用も視野に入れておくべきでしょう。種類株式設計の際には、安易に判断するのではなく、一定以上の知識と経験を持った専門家の意見を十分に聴いてから実行することをおすすめしておきたいと思います。

 

[図表]種類株式による対策スキーム

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    本連載は、2015年3月30日刊行の書籍『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    種類株式&民事信託を活用した 戦略的事業承継の実践と手法

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    河合 保弘

    日本法令

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