中小企業の事業承継における「取得条項付株式」の有用性

本連載は、司法書士・河合保弘氏の著書、『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』(日本法令)の中から一部を抜粋し、種類株式や民事信託などを活用した具体的な事業承継対策について、様々な実例を用いて解説していきます。

中小企業の事業承継で最も重要な情報は「株主構成」

中小企業の事業承継は、後継者が親族であろうと従業員等の他人であろうと、あるいはM&Aで他社に事業譲渡されるにしても、いずれのケースにおいても「自社株式」の移転が伴うことになります。ところが、中小企業経営者はもちろん、それを支援する専門家の間においてさえ、意外とそのことに対する意識が希薄なのではないかと思うことが多いのです。

 

 

例えば、専門家が中小企業から初めて相談を受ける際には、大抵の場合「登記事項証明書」と「直近3期分の決算書」の提示を求めるでしょう。もちろん、それらの情報が必要であることは間違いありませんが、その二点からは導き出せない重要情報が「株主構成」なのです。登記事項証明書や決算書には、その会社の正式名称、所在地、事業目的、役員構成、最近の営業成績等は書かれていますが、実はいずれにも「株主が誰であるか」は書かれていないのです。

 

法人税の申告書には「別表二」という書類があり、そこには上位数名の株主の氏名が書かれていますが、多数の株主がいる場合に全員の氏名が書かれていることはないので、結局は会社から「株主名簿」を取り寄せなければならないということになります。

 

さらに厄介なことには、株主名簿という書類は、登記事項証明書のように公的に証明されるものではなく、あくまでも会社内部で管理するものなので、その名簿の記載自体も絶対に正しいものであるという保証はないのです。

 

ところが、あまり実務経験のない専門家は、だいたい先に決算書の分析をスタートし、あまり株主構成のことを気にすることがない場合が多いように思われます。しかし、株主が誰だかわからない状態では、いくらその他の情報を詳細に分析したとしても、最後の最後で全部覆ってしまう危険性があるということを忘れてはならないのです。

「株式の分散」は会社経営上、極めてリスクが高い

会社法制定以来、株式会社を設立することが容易になり、誰もが株式会社のオーナー株主や代表取締役になることができる時代になっています。また、これは会社法制定前にも見られた現象ですが、例えば夫婦2人で、あるいは友人が数人集まって、全員が同額の出資をして共同経営している会社があります。

 

そういった会社は、株主間の意見が対立したり、人間関係が崩壊した際には、その事業の成否に関係なく、直ちに経営がデッドロックの状態になることを覚悟しなければならないのです。

 

また、税金対策の関係もあるのか、オーナー株主が所有している株式を親族や従業員等に譲渡や贈与で移転して、いわゆる少数株主が大勢居る会社を見かけることがありますが、そういった会社は、いざM&Aというような局面になった時、果たして全株式を集めて買い手側に売却することができるのでしょうか。

 

 

ましてや、長い月日が経過し、分散してしまった株主が死亡して多数の相続人の手に渡っていたり、あるいは株主が行方不明になったり認知症の状態になっていたとしたら、これはもう手の打ちようがありません。

 

かくの如く、株式が必要以上に分散されている状態というのは、確かに税金的にはメリットがあるのかもしれませんが、会社経営上では極めてリスクが高いということを認識しておかなければならないのです。

 

しかし、それでも株式を分散しなければならないケースもあるでしょうし、また既に分散してしまった株式を旧に復する手段を検討しなければならないこともあるでしょう。

 

そこで有効な手法となり得るのが、会社法において初めて認められた「取得条項付株式」の活用なのです。

株式分散の予防等様々なメリットがある取得条項付株式

取得条項付株式は、種類株式に関する制度を定めている会社法第108第条1項第6号では

 

「当該種類の株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること」

 

と規定されており、これだけを見ると何のことだかわかりづらいのですが、要するに株主の意思や都合に関係なく、「一定の事由が生じた」ときには、会社が一方的に株主から株式を買い戻すことができるということで、旧商法時代には絶対に考えられなかった、まさに規制緩和の賜物のような条文なのです。

 

これは、会社側に「コール・オプション」が付いている株式であると説明できます。コール・オプションとは、「ある物を・ある日時に・ある価格で買う権利」を言います。

 

例えば、取得条件を「株式の発行から1年経過以降、1株あたり○○円で買い取ることができる」としておけば、会社は1年の経過を待てば、株主の意向に関係なく1株あたり○○円で買ってもよいですし、あるいは買わないで放置しておいてもよいという権利を持つことができるのです。

 

この取得条項付株式を使えば、株式の分散は完全に予防できるのです。

 

例えば何らかの事情で、どうしても従業員Aに株式を持たせる必要が生じた場合、Aに対して発行する株式については「株主の死亡又は退社を取得条件とする」と決めておけば、仮に将来Aが退社すれば会社に株式は戻ってきますし、Aが死亡してもその相続人から株式を取り戻すことが可能となります。

 

それだけを見ると会社側に一方的に有利に見えますが、Aにもメリットがあるように、例えば「取得価格は発行時の価格に1年あたり○○%を加算した金額とする」あるいは、「時価とする」という定め方をすればよいのです。

 

前者であれば従業員Aは年数が経過する程に実質的に利息を得ることになりますし、後者であればAが頑張って会社の株価を引き上げれば取り分が増えるという結果になりますので、いずれにしても双方にメリットのある定め方となるでしょう。

 

 

また、従業員に限らず、例えば事業承継の局面で数名の候補者がいる場合に使うとか、資金不足の際に一時的に援助を受ける投資家のために使うとか、様々な使い方が考えられます。

 

また、種類株式は借入金や社債とは違って、導入した資金が「負債」ではなく「純資産」、すなわち「自己資本」として扱われるということも非常に大きなメリットです。

 

次回は、事業承継にあたって取得条項付株式を活用した事例を紹介します。

本連載は、2015年3月30日刊行の書籍『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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連載事業承継の実例から学ぶ種類株式・民事信託活用法

司法書士法人ソレイユ 共同代表司法書士
企業再建・承継コンサルタント協同組合(CRC)常務理事
宮城県亘理町観光親善大使 

1993年に司法書士登録、2013年に同職の杉谷範子と共に司法書士法人ソレイユを結成。予防法務とリスクマネジメントを専門とし、個人の財産管理や中小企業の企業再生・事業承継のために民事信託や遺言、種類株式等を駆使した総合的支援を主業務とする。
近年は出版と講演に注力し、後継者の育成に努めている。

著者紹介

種類株式&民事信託を活用した 戦略的事業承継の実践と手法

種類株式&民事信託を活用した 戦略的事業承継の実践と手法

河合 保弘

日本法令

日本経済が成熟期を迎えた今、発展期に創業されたオーナー経営者の方々は高齢を迎え、事業の第一線から退くケースは非常に多い。 それに伴い、事業承継に関わる本も多種発行されているが、その中でも「事業承継=相続」という構…

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