金融以外の分野でも活用されている「大数の法則」

今回は、「大数の法則」が金融以外の分野でどのように使われているのか見ていきます。※本連載はジブラルタ生命保険株式会社勤務、冨島佑允氏の著書『「大数の法則」がわかれば、世の中のすべてがわかる!』(ウェッジ)の中から一部を抜粋し、世の中で大数の法則がどのように活用されているかなどをご紹介します。

民主主義社会の意思決定・・・多数決も「大数の法則」

今までは金融の話ばかりだったが、大数の法則は金融以外の分野でも活躍している。

 

例えば、民主主義社会の意思決定に使われる多数決もそうである。私たちは子供のころから、多数決は民主的な“良い”決め方だと教えられてきた。だからそう信じているわけだが、なぜ多数決が“良い”決め方といえるのか、その根拠を集団としての意思決定を行う上で教わったことがある人は少ないのではないだろうか。

 

意見を集約するためにどういうやり方が望ましいかを専門で研究する、社会選択理論と呼ばれる分野がある。この分野では、個人の意見を集約して集団としての結論に達するために、どういう方法が望ましいかを数学的に研究している。

 

社会選択理論における最も基本的な考え方に、陪審定理(ばいしんいんていり)というものがある。これは、多数決で正しい答えが出る確率がどれくらいかを数学的に示した定理だ。イメージとしては、法廷で被告が有罪か無罪かを、陪審員の多数決で決めるとする。実際の陪審制では満場一致が原則の場合が多いが、ここでは多数決で結論を出すと仮定している。被告が本当に罪を犯したのかどうかは誰も知らない。陪審員たちは、被害者の証言や現場に残された証拠、そして検察側と弁護側のやり取りを手掛かりに、推測するしかない。

 

ここで、陪審員の人数と判決の正しさの関係を考えてみる。陪審員が1人だけだと、その人が100%正確に判断できないと正しい結論は出ない。3人だと、1人間違ってもよいことになるので、ひとりひとりで見れば100%正確である必要はなくなる。そして10人だと、4人までは間違ってもよいので、ひとりひとりが正解を選ぶ可能性はさらに低くてよいことになる。このように、陪審員の数が増えるほど、1人あたりが正解を選ぶ確率は低くてもよくなっていく。最終的に、陪審員の数が十分に多い場合は、1人あたりが正解を選ぶ確率が50%より少しでも大きければ、多数決によりほぼ100%の確率で正解を選べることが分かる。

 

この陪審定理は、大数の法則を使って証明することができる。被告が有罪か無罪かを選ぶのは、数学的に見ればコイン投げと同じだ。例えば、裏を有罪、表を無罪とする。コインが少し歪んでいて、裏が少しだけ出やすかったとする(例えば50.1%)。

 

そのとき、1回や2回投げた程度では、コインの歪みは結果に反映されないだろう。しかし、100回、150回と投げる回数を増やしていけば、次第に裏が多く出る傾向が分かってきて、最終的には大数の法則により裏:表の比率が50.1%:49.9%に収束するはずである。

 

これと同じことが、陪審定理でも起きている。有罪が正解だったとして、陪審員たちが有罪を選ぶ確率が50%より少しでも高かったとしよう(例えば50.1%)。そうすると、陪審員が大勢いる場合は、大数の法則により有罪:無罪の比率が50.1%:49.9%に収束し、多数決で正しい選択肢が選ばれるのだ。

 

ここで重要なのは、陪審員ひとりひとりは大して精度が高くなくてもよいという点である。それでも、陪審員が非常に大勢いる場合は、集団としての意思決定は100%正確になるというのが、陪審定理の主張だ。もちろん、人数が限られているときは陪審員ひとりひとりの精度が重要になってくるが、非常に大勢で多数決を採る場合は、1人あたりの精度はランダムより少し高い程度でよいということである。

適正な結果を導き出す、判断の「独立性条件」とは?

ただし、これはあくまで理想的な状況での話だ。実際には、陪審員が大勢いればそれだけで陪審定理が成立するわけではない。陪審定理は大数の法則がベースとなっているので、「独立性」と「同一性」が満たされなければならないのだ。陪審定理では、陪審員達は1人1票が仮定されているため、「同一性」は担保されている。問題は、「独立性」の方である。

 

陪審員の中に、たまたま有名大学の犯罪心理学の教授がいたとしよう。ほかの陪審員はサラリーマンだったり主婦だったり様々であるが、犯罪心理学の専門家を前にして、すっかり恐縮してしまっている。そして教授は、「この被告は絶対に無罪だ!」と強く主張している。この場合、ほかの陪審員たちは、本当は有罪だと思っていても、教授の意見に引っ張られて判断を変えてしまうかもしれない。

 

このケースのように、陪審員がそれぞれ自分の頭で判断することができず、誰かの意見に引っ張られてしまうような場合では、「独立性」が担保されないので陪審定理は無効になってしまう。つまり、陪審定理が成り立つためには、陪審員がそれぞれ独立した判断軸を持っていて、自分の頭で考えて結論を出さなければならないのだ。このことを、判断の「独立性条件」という。

 

多数決は数学的にも正しい選び方ということを、陪審定理が教えてくれている。しかし、皆がちゃんと自分の頭で考えて判断している状況でないと、多数決は機能しないということだ。ただし、判断の独立性条件は、陪審員がお互い議論を交わしたり、意見を伝え合ったりすることを否定しているわけではない。むしろ、そのような議論を通じて新しい情報や異なる視点からの考え方を学べば、陪審員たちの判断の正確性が増すことが期待される。前述のように、陪審員の人数が限られている場合は、陪審員ひとりひとりの精度が重要になってくるので、陪審員の判断の正確性が増すことは、一般的に良いことといえる。

 

けれども、最終的な判断は自分の頭で考えて行わなければならない。周りを見て結論を修正してしまえば、判断の独立性条件が崩れ、多数決の正当性が失われてしまうのだ。

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連載資産運用のプロが教える「大数の法則」と関連金融商品の仕組み

ジブラルタ生命保険 

ジブラルタ生命保険勤務(金利リスク管理等を担当)。 1982年福岡県生まれ。京都大学、東京大学大学院(いずれも専門は素粒子物理学)を卒業後、みずほ銀行にクオンツ(金融工学を駆使する専門職)として採用され、信用デリバティブや日本国債・日本株の運用に加え、ニューヨークへ赴任しヘッジファンドのマネージャーを経験。みずほ銀行退職後、2016年2月から現職。欧米文化に親しんだ国際的な金融マンであると同時に、科学や哲学における最先端の動向に精通している。

著者紹介

「大数の法則」がわかれば、世の中のすべてがわかる!

「大数の法則」がわかれば、世の中のすべてがわかる!

冨島 佑允

ウェッジ

大数の法則とは、「1つ1つは予想が難しい物事も、それらが沢山寄せ集まると、全体としての振る舞いは安定する」というものだ。 たとえば、コイン投げを数多く繰り返すことによって表の出る回数は1/2に近づく。数多くの試行を…

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