悩ましい日本語⑮ いまだに【未だに】〔副〕

今回は、「いまだに【未だに】」を解説します。※本連載は、元小学館辞典編集部編集長で、辞書編集者として多数の辞書作りに携わってきた神永曉氏の著書、『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、変化し続ける「ことばの深さ」をお伝えします。

漱石は「未だに」「今だに」両方を使っていたが…

いまだに【未だに】〔副〕

 

漱石の書いた「今だに」は間違いか?

 

まずは、夏目漱石の『坊っちゃん』の冒頭部分にある次の文章をお読みいただきたい。

 

「幸(さいわい)ナイフが小さいのと、親指の骨が堅かったので、今だに親指は手に付いて居る。然し創痕は死ぬ迄消えぬ」

 

親類からもらった西洋製のナイフを友達に見せていた坊っちゃんが、よく光っているけど切れそうもないと言われたため、何でも切ってみせると言い返すと、それなら君の指を切ってみろと言われ、指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲をはすに切り込んだときの話である。

 

いかにも「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る」坊っちゃんらしいエピソードだが、今話題にしたいのはそのことではない。前置きが長くなってしまったのだが、「今だに」という表記についてである。

 

私のパソコンのワープロソフトは、「いまだに」と入力して漢字に変換しようとすると、「未だに」には変換できるのだが、「今だに」には変換できない。だとすると、「未だに」が正しくて、漱石が使っている「今だに」は間違いということになるのであろうか。

 

だが実は、漱石は「今だに」だけではなく「未だに」も使っていて、『坊っちゃん』の中にも「未だに」と書かれた箇所がある。

 

では、「未だに」と「今だに」とはどういう関係にあるのだろうか。「いまだに」は、副詞の「いまだ」に、助詞の「に」が付いたと意識されて使われてきた語だとする説が有力である。つまり「いまだ・に」であって、「いま・だに」ではないというわけである。

「いまだ」を「未だ」と表記するのは漢文の用法から

ここで少し高校時代の漢文の授業を思い出していただきたいのだが、「未」という漢字は再読文字で「いまだ…ず」と読み、「まだ…していない」の意味だと習ったはずである。「いまだ」を「未だ」と表記するのはこの漢文の用法から来ていて、「未だ」に「に」の付いた「いまだに」も、「未だに」と書くのはごく自然なことである。

 

だが、「今だに」という表記は、おそらくこの語を「いま・だに」に分けられると解釈して生まれた表記であろう。

 

ちなみに常用漢字表には「未」に「いまだ」「いまだに」という音訓はないため、新聞などでは「いまだに」と仮名で書くようにしている。

 

私はというと、新聞などと同様に仮名書き派である。

 

□揺れる読み方

 

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連載日本語の不思議~『さらに悩ましい国語辞典』より

辞書編集者
元小学館辞典編集部編集長

1956年、千葉県生まれ。小学館に入社後、37年間ほぼ辞書編集一筋の編集者人生を送る。
担当した主な辞典は『日本国語大辞典 第二版』『現代国語例解辞典』『使い方のわかる類語例解辞典』『標準語引き日本方言辞典』『例解学習国語辞典』『日本語便利辞典』『美しい日本語の辞典』など多数。著書として『悩ましい国語辞典』(時事通信社)。
NPO法人「こども・ことば研究所」を共同設立し、「辞書引き学習」を中心とした活動で全国行脚している。

著者紹介

さらに悩ましい国語辞典

さらに悩ましい国語辞典

神永 曉

時事通信出版局

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