かけだし信金マン・和久井健太の活躍を通して「お金の増やし方」を学ぶ本連載。今回は、その第17回です。※本連載は、銀行の元支店長で現在は実業家として活躍する菅井敏之氏の著書、『読むだけでお金の増やし方が身につく 京都かけだし信金マンの事件簿』(アスコム)の中から一部を抜粋し、お金の増やし方について、かけだし信金マン・和久井健太の活躍を通して見ていきましょう。

<登場人物紹介>

・和久井健太(わくい・けんた)
京都にある洛中信用金庫に就職。入社三年目を迎え、北大路支店の営業部に配属されるも、引っ込み思案がわざわいして、苦戦。最近自分がこの仕事に向いているのか悩んでいる。

 

「審査を通すのは初めてか」

 

和久井は、そうですと言った。

 

「融資案件の審査をする人間には、だいたい二種類ある」

 

興味深い話である。

 

「基本姿勢は前向きで、融資することを前提にして、落とし穴がないかをていねいにチェックする奴か、とにかく難癖つけることで自分の存在証明を誇示しようとやっきになっているケチくさい野郎か、だ」

 

わかる気がした。

 

「どっちが審査部の人間として優秀かは、言うまでもないよな」

 

そりゃそうだ。

 

「で、本社の担当はどっちのタイプだ?」

 

「わかりません」

 

正直に言ったつもりだった。

 

「初めてだものな」

 

オヤジはまた笑った、そんなものどうってことないさ、というふうに。だんだん和久井は、このオヤジの笑いが頼もしくなってきた。

「つまり、一度は審査部に花持たせてやるってことだ」

「でも、神部さん、あの、うちの本店の審査の人の名前なんですが、かなり厳しいって評判です」

 

「厳しくない審査ってのも問題だからな」

 

オヤジはテーブルに置いてあったうちわを揺らしながら、また笑った。

 

「とにかく、そういう審査の人間は大事にしたほうがいい。で、当然、向こうは毎月の定期収入が不安定だってところは突いてくる」

 

「はい」

 

「審査部なら突かなきゃ嘘だ」

 

「で、そのときは、お前は、あって驚いて、すみません、おっしゃる通りですよね。ご指摘ありがとうございます、ちょっと考えますって、いったん引き下がるんだよ」

 

「え、押さないんですか」

 

「いったんはな。それで、一日か二日おいて、娘さんも入れて世帯で見た場合は、このくらいのキャッシュフローがありますけれど、これではいかがでしょうか、って再度審査を頼むんだ」

 

「それは、つまり―」

 

「つまり、一度は審査部に花持たせてやるってことだ」

 

「なるほど。喫茶店もゆくゆく人に貸すので、その家賃収入も入る」

 

少し元気になった和久井が言った。

 

「そうなったら完璧だな」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ、海老天食っていいか」

 

「え、……ええ」

 

「お姉さん、海老の天ぷらをこっちにひとつ」

 

どうやら、ここの勘定も自分に持たせるつもりらしい。もっとも、もらった情報の価値からいうと安いものだ。いや、安すぎる。そもそも、この男はいったい何者なんだろうか。金融コンサルタント? だったら、飯代をたかるというのは筋が通らない。

 

そんな推理を働かせていると、オヤジは驚くべきことを言い放った。

 

「いやあ、兄ちゃんが現れてくれて助かったよ。あんまり腹が減ったから、さっきの店に入ったんだが、誰も客がいないんでさ。それもそのはずだよ。あんな味じゃ客が寄りつくはずもねえや。食い逃げするのも気の毒だし、皿洗いで勘定払うっていうほど洗わなきゃいけない皿もたまってなさそうだしな」

 

「ひょっとして……」

 

「ああ、無一文だ」

 

オヤジは堂々としている。

 

「金融マンじゃないんですか」

 

「金融マンが平日の昼間に、こんな格好でぶらぶらしているわけないだろう」

 

まあ、そうだが、それを自慢げに言うのもどうかしている、と和久井は思った。

 

「ただ、金貸し業はあんたよりは詳しいよ」

 

どうやらそうらしい。和久井はうなずいた。

 

「お名前を伺っていいですか」

 

「名前かあ」

 

男は、そば屋の窓から外を見た。鴨川の流れに沿って、しだれ桜がはらはらと花びらを散らしている。

 

「桜」

 

「桜、桜さんですか」

 

「ああ、桜四十郎(しじゅうろう)、……といっても、もうすぐ五十郎(ごじゅうろう)だがな」

 

オヤジは顎の無精ひげを撫でた。

 

「桜さん、本当にありがとうございました」

 

和久井はそば屋のテーブルに両手をついて、深々と頭を下げた。

読むだけで お金の増やし方が身につく 京都かけだし信金マンの事件簿

読むだけで お金の増やし方が身につく 京都かけだし信金マンの事件簿

菅井 敏之

アスコム

長年の取引先を次々と失う洛中信用金庫。メガバンクの巧妙な罠にはまり、貸し剥がしにあう老舗商店――。人々の夢と希望と「お金」を奪うメガバンクの策謀がうずまく京都の町を、かけだし信金マン・和久井健太が駆け巡る! 読…

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