・和久井健太(わくい・けんた)
京都にある洛中信用金庫に就職。入社三年目を迎え、北大路支店の営業部に配属されるも、引っ込み思案がわざわいして、苦戦。最近自分がこの仕事に向いているのか悩んでいる。
・白崎葉子(しらさき・ようこ)
京都のローカルテレビ局・都放送でディレクターをしている。和久井とは立志舘大学経済学部の同期で同じゼミ。飾らない気さくな性格で学生時代は人気者だった。
二次会では同期だけで祇園に流れた。こぢんまりとしたバーで、和菓子屋を継いだ戸山田充、ローカル局でディレクター見習いをしている白崎葉子、今は東京住まいとなった大手都銀の企画開発部門に籍を置く鴨下啓介、地元の銀行の融資係に勤める湊洋平、京都に本社を置くIT企業の高田製作所に勤めている島田定彦、そして洛中信金で去年から融資営業担当となった和久井健太がグラスを重ねた。金融関係に就職した者が多いのは、内田ゼミの専門が金融学だからだ。
大学を卒業して間もない学友が久しぶりに顔を合わせて語り合うことは、それぞれの職場での苦労話と相場が決まっている。変な表現だが、苦労話に花が咲くというような状況だった。
「こだま屋さんゆうたら老舗中の老舗やからな」
和久井はほかの人間の苦境が羨ましかった。
葉子が「うちは小さな局やから、ディレクターもカメラ担がされちゃうからね、おかげで日焼けはスゴいし、腕は太なるし」と言ったときも羨ましかったし、湊が「村田製作所に取引額を増やしてもらおうと祇園で接待攻勢をかけたけれど駄目だった」も羨ましかった。
特に、各国を飛び回っている鴨下の「まだ下っ端だからエコノミー席しか取ってもらえないので、背中が痛い」だの「現地の飯が合わないので、こっそりカロリーメイトを食べるときがある」だのという愚痴は、自慢にしか聞こえなかった。
実際、鴨下は、
「なんや、佃煮屋みたいな小口の取引先に逃げられたくらいでクヨクヨすんなよ」などと笑って言ってのけたのである。
これをフォローしてくれたのは戸山田だった。
「そやけど、こだま屋さんゆうたら老舗中の老舗やからな。和久井とこやと、逃がした魚は大きいちゅう話になるで」
さすがに京都で長年商売している家の息子だけあって、こだま屋の暖簾の存在感をちゃんと把握している。
ふと見ると、島田が葉子とこんな会話をしていた。
「今度、市立美術館で竹田鷹山展やるやろ。あれ、うちが協賛してるねん。会長がファンやねんて。葉子ちゃんとこで取材してや。なんせ会長案件やから、プレッシャーごっついねん」
「へえ、ええと思うわ。制作のキャップに話しとく。たぶん興味持つんとちゃうかな」
これもまた羨ましい。
学生時代から葉子に憧れを抱いていた自分も負けじと、和久井はこんなことを夢想した。
「今度うちの支店が近所の盆踊りで焼きそばの屋台出して、店名入りのうちわ配るんだけど取材してよ」
「ええな、塩焼きそばも出してや」
あり得ない。
和久井は薄い水割りを呷(あお)った。また胃が痛んだ。