・和久井健太(わくい・けんた)
京都にある洛中信用金庫に就職。入社三年目を迎え、北大路支店の営業部に配属されるも、引っ込み思案がわざわいして、苦戦。最近自分がこの仕事に向いているのか悩んでいる。
会場となっている貸し切りの小さなクラブに飛び込むと、同期の鴨下啓介(かもしたけいすけ)がマイクを握っていた。学生時代とはちがい、びしっとスーツを着て、ずいぶんと人品がいい。
「あの、明日から現地法人の立ち上げのためにミャンマーに行かなきゃならんのですが、今日は内田ゼミの同窓会だということで、こればかりは外せないなと思い、東京から京都に戻ってきました」
いいなあ、と素直に和久井は羨ましかった。このスケール感はさすが大手の都銀ならではだ、と。そして、それに比べて俺は……とまたいじけた。
「相変わらずの名調子やな」
和久井らの出身校である立志舘大学は、京都ではまずまずの私立大学で、「ほお、京大、そりゃ値打ちある」と間違いなく感心される京都大学には及ばないものの、「さよか、立志舘の学生さんかいな」という具合に、同命社大学と並んで大抵の人が知っている私学の雄である。
だから、結構いいところに就職する奴もいる。いまマイクを握っている鴨下がその代表だ。成績は和久井よりもずっと悪かったのに、要領がよく明るい性格が面接官に好印象を残すのだろうか、都銀をはじめとして数社から続けざまに内定をもらった。
一方の和久井は、ここ一番の勝負どころに弱い性格があらわになってしまった。生まれつき、どこか押し出しが弱く、自己アピールではいたずらに謙虚すぎる性格が災いしてか、ことごとく落ちてしまい、和久井に内定を出してくれた企業は京都の信用金庫だけだったのである。
「まあ、こんな僕でも、大役のプレッシャーに押しつぶされることなくなんとかやれているのは、内田ゼミで培った教養……と言いたいところなんですが、実はそうではなくて、同ゼミで頻繁に設けられた数々の酒席を切り抜けてきたコミュニケーション能力が功を奏しているのではないかと疑っているんです。実際、一緒に酒を飲むと腹を割って話せるというのは、アジアではぜんぜん通用する話じゃないかと思うんですね」
鴨下のこの言葉に、会場からうっすらと笑い声が漏れた。
相変わらずの名調子やな、という声が耳元でした。
「ああいう如才のないところは、憎たらしいほどうまいわなあ」
戸山田は水割りのグラスを口に運びながら感心している。
「そうだな」
和久井も同意した。