(※写真はイメージです/PIXTA)

借金苦のなかで手にした50両の金の小判を、見ず知らずの若者を救うためにすべて差し出してしまう――。古典落語の名作『文七元結(ぶんしちもっとい)』には、現代の私たちが「資産」とどう向き合うべきかを考えさせる名場面があります。当時の50両は、単なる「お金」ではなく、ズッシリとした物理的な重さを持つ「金(ゴールド)」でした。その重みを手がかりに、現代の投資にも通じる、実物資産の生きた使い方について紐解きます。※本連載は、株式会社ゴールドリンク『ゴールドコラム』から転載したものです。

懐の50両がズッシリ重い…小判が持つ物理的な説得力

『文七元結』は、三遊亭圓朝が今日の形にまとめたとされる人情噺です。腕はいいものの博打好きの左官・長兵衛。借金で家計は火の車となり、娘のお久は親を助けるため吉原へ身を寄せます。事情を知った店の女将は長兵衛を諭し、お久を預かったうえで50両を貸すことに。

 

ところが帰り道、長兵衛は身投げしようとしている若者・文七に出会います。文七は店の集金で預かった50両をなくし、死んで詫びようとしていました。

 

長兵衛の懐にも、ちょうど50両があります。では、その50両は実際にどれほど「重かった」のでしょうか。

 

江戸時代の小判は時期によって重量も金の含有量も異なります。日本銀行金融研究所貨幣博物館によると、たとえば天保小判は1枚約11.3g、幕末に発行された万延小判は約3.3gです(※1)。仮に50両を万延小判50枚と考えれば約165g。天保小判なら約565gになります。

 

もちろん、『文七元結』の50両がどの小判50枚だったのかを特定できるわけではありません。また、「50両=現在の○百万円」と単純に換算することもできません。江戸時代は長く、物価も貨幣価値も変化しているためです(※1)。

 

重要なのは、50両が長兵衛にとって、娘を取り戻すために必要な途方もない大金であり、かつ「確かな重量を持った実物資産(金)」だったという点です。娘が身を挺して作った物理的な重みが、長兵衛の懐にズッシリと収まっていたのです。

 

見ず知らずの他人に全財産を投げ打つ、江戸っ子の美学

文七がなくしたという金額も、同じ50両でした。「この金がなければ自分は死ぬ」と追い詰められた若者を前に、長兵衛は自分の50両を差し出します。

 

冷静に考えれば、とんでもない行動です。その金は長兵衛自身の余裕資金ではありません。娘が身を挺して作った猶予によって、ようやく手にした金です。それを素性もよく知らない若者に渡してしまうのですから、「資産管理」としては到底おすすめできません。

 

それでも長兵衛には、「人の命には代えられない」という判断がありました。

 

結果として、文七がなくしたと思った50両は、実は集金先に置き忘れており、先方から店に届けられていたことが判明します。事情を知った店の主人は文七を連れて長兵衛のもとを訪れ、50両を返します。

 

さらに物語の最後では、文七とお久が夫婦となり、当時の人々が髷(まげ)などの髪を結ぶために使った和紙の紐を商う「元結屋」を開いて繁盛したと語られるのです。

 

長兵衛が期待した「リターン」ではありません。しかし、人を救うために手放した金が、人と人との縁を生み、別の形の豊かさにつながっていきます。

金(ゴールド)を溜め込むだけでなく、社会や人に還元する投資の形

この物語を現代の言葉に引き寄せると、ESG投資を連想することもできます。

 

ESGとはEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、企業への投資に際して、従来の財務情報だけでなく、こうした「非財務情報も考慮する投資」をESG投資と説明しています(※2)。

 

もちろん、長兵衛が文七に50両を渡した行為は、現代の定義でいう「ESG投資」ではありませんそれでも、目先の利益だけでなく、「人」や「社会」にどのような価値を生み出すかという視点には、どこか重なるところがあります。

 

「人的資本」についても同様です。経済産業省は、人材を単なるコストではなく、企業価値を生み出す重要な資本として捉え、人材の獲得や育成への支出を「投資」として位置づけています(※3)。

 

長兵衛は、文七を「将来利益を生む人材」と考えて金を渡したわけではありませんが、人が生き延びれば、その先に仕事や暮らし、人とのつながりが生まれます。『文七元結』には、富をただ手元に眠らせるのではなく、人のために使うことで、新たな価値や人とのつながりが生まれていく様子が描かれています。

形ある「金」を手放して、形のない「信用」という資産を得る

金(ゴールド)は、重さがあり、相場によって価格がつく「形ある資産」の代表格です。一方、『文七元結』で長兵衛が50両を手放したことで生まれたのは、人からの信用や感謝、そして新しい縁でした。

 

もちろん、現実の資産運用では「善意」だけで富を動かすわけにはいきません。ESG投資にも投資判断が必要ですし、人への投資も、単にお金を使えば成果につながるというものではないでしょう。それでも、資産は手元に残しておくだけでなく、生きた使い方をすることで人との縁や信用につながることもあります。

 

50両を握りしめていた長兵衛が、それをすべて手放した瞬間から物語が大きく動き出す『文七元結』。「金(かね)は天下の回り物」ということわざがありますが、この物語で人から人へと回り、最終的に大きな縁と豊かさを結んだのは、紛れもなく形ある「金(ゴールド)」でした。究極の実物資産だからこそ、いざというときの「生きた使い方」が人の心を動かす。そんなゴールドの奥深さを、これほど大胆に描いた物語もないのかもしれません。

 

〈参考〉

※1 日本銀行金融研究所貨幣博物館「江戸時代の1両は今のいくら?」
https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/edojidaino1ryowa/index.html

 

※2 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)「ESG投資」
https://www.gpif.go.jp/esg-stw/esginvestments/

 

※3 経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/

※本連載は、株式会社ゴールドリンク『ゴールドコラム』から転載したものです。