(※写真はイメージです/PIXTA)
名ばかりの資産家
「周囲からは『そんなに財産を遺してもらえて羨ましい』なんていわれます。でも実態は……。こんなことなら、いっそ相続なんてするんじゃなかったと思わずにはいられません」
地方都市在住の専業主婦・ショウコさん(仮名/64歳)は、深い溜め息とともにそう心中を明かします。
3年前に87歳で他界した父親が遺した資産は、相続税評価額にして約1億2,000万円。その中身は、生前に節税対策として買い集めていた「3棟の木造賃貸アパート」でした。
幸いにも、父は生前に1,200万円ほどの預貯金も残していたため、発生した約1,000万円の相続税は父の現金の範囲内で無事に納付することができました。手続きを終えた当初、ショウコさんは「これでひと安心。あとは毎月の家賃収入でゆとりのある老後が送れる」と胸をなでおろしていたといいます。
しかし、本当の地獄はそこから始まりました。ショウコさんを待ち受けていたのは、賃貸経営の過酷な現実でした。
父は晩年、高齢と認知機能の衰えからアパートの管理をすっかり放置していました。ショウコさんが管理を引き継いで不動産業者の通帳や現場を確認すると、中身は散々なもの。入居者の滞納が野放しにされ、共用部の電球は切れたまま、敷地内には雑草が生い茂っていたのです。
さらに追い打ちをかけるように、入居者からの悲鳴のような連絡が相次ぎました。
「給湯器からお湯が出ない」「天井から雨漏りがしている」「排水管が詰まって臭う」
専業主婦として暮らしてきたショウコさんにとって、見知らぬ管理会社や修理業者との連日の折衝、次々と送られてくる高額な見積書、入居者からの電話対応は心身を削られる作業でした。
さらに、お金の問題も浮上します。父が放置していたことによって3棟のアパートの空室率はすでに5割を超えており、満室なら入るはずの家賃収入は激減。一方で、父が遺してくれた残りの現金は、積み残されていた設備交換や雨漏り修繕、そして毎年容赦なく請求される3棟分の固定資産税であっという間に底をつきました。
「退去が出るたびに部屋の原状回復やエアコン・給湯器の刷新で数十万円が飛んでいきます。入居者が入らないのに維持費と税金だけがかさみ、ついに自分たちの蓄えからも持ち出しをするようになってしまったんです」
見るに見かねた夫から「持ち出しになるくらいなら、早く売却して手放したらどうだ」といわれ、ショウコさんは不動産業者へ売却査定を依頼することに。しかし、そこで突きつけられたのは評価額と市場価値のギャップでした。
「相続税の評価額は『路線価や固定資産税評価額』をもとに計算されるため、地方であっても1億2,000万円という高い数値が出ます。でも、実際の不動産市場での買い取り価格はまったく別物でした。地方都市の築古木造で、空室率が5割を超え、修繕履歴もずさんな物件なんて、投資家から見れば『数千万円かけて大規模修繕をするか、解体するしかない危険物件』です。提示された買取り価格は、相続時の評価額の半分以下という足元を見たような金額ばかりでした」
しかも、そのうち1棟には父が過去のリフォームで組んだアパートローンの残債が残っていました。査定額ではローンの残債すら返しきれず、売却するにも「持ち出しの現金」が必要になるという八方塞がりの状態だったのです。
「手放そうにも大赤字で売れず、持ち続ければ毎月自分たちの老後資金が削られていく。父は『娘のために』とアパートを遺してくれたのでしょうが、いまの私にとっては生活と心を蝕む『負動産』でしかありません」