(※写真はイメージです/PIXTA)
口座には5,000万円、でも「使えない」現実
「あのお金はね、お父さんが自分の欲しいものも我慢して、将来困らないようにって命がけで貯めたお金なのよ! なんでお父さんの介護にお父さんのお金が使えないのよ!」
自宅で、アキエさん(72歳)は肩を激しく上下させ、駆けつけた息子に向かって怒りと悔しさを爆発させていました。
夫のススムさん(75歳)は、昔からとにかく真面目で、自分のことは常に二の次に、家族を最優先する人でした。服や靴は擦り切れるまで使い古し、趣味といえば週末に自宅の庭を手入れすることくらい。会社員時代から定年後も節約を徹底し、こつこつ貯め込んだ預金は5,000万円に達していました。
しかし2年前、ススムさんに認知症の症状が現れはじめます。症状は徐々に進行し、近ごろは夜中の徘徊に加え、妻に対し「俺はずっと我慢してきたのに!」と怒鳴ったり、すでに亡くなっている昔の知人のことを「あいつがのうのうと生きているなんて許せない!」とついこのあいだの出来事のように怒ったりと、家族だけでの見守りでは手に負えなくなり、介護施設への入所を検討せざるを得なくなったのです。
手厚いケアが受けられる施設への入居一時金や月々の利用料を支払うため、アキエさんはススムさんの通帳と実印を手に、長年取引のある地元の銀行窓口を訪れました。
「夫の介護費用として、まとまったお金を引き出したいのですが」
そう申し出たアキエさんに対し、窓口の行員は「申し訳ございません。ご本人様の意思確認やご来店が難しい場合、ご家族様であっても口座からのご出金や解約手続きは承れません。奥様では、この口座はお使いになれないのです」と答えます。アキエさんは耳を疑いました。
「妻の私が来ているのよ? 夫は認知症でここに来られる状態じゃないんです。施設に入るためのお金なのになぜ出せないの?」
必死に訴えかけたものの、行員が首を縦に振ることはありませんでした。「本人による契約意図の確認ができない以上、口座の取引は制限させていただきます」と告げられ、アキエさんは手続きを一切進められないまま、重い足取りで帰宅するしかなかったのです。
必死に節約を重ね、5,000万円を貯めたススムさん。しかしそのお金は、本人が最も手厚いケアを必要としているいま、指一本触れることができない状態になってしまったのです。
息子に胸中を打ち明けながら涙を流すアキエさんを残し、口座問題は重い暗雲に包まれています。