大手企業で部長を務め、退職時には5,000万円の金融資産があった田中さん。退職後は生活水準も下げ、「これなら大丈夫」と考えていました。ところが退職から1年後、90歳までの家計を試算してみると、毎月の生活費とは別に、老後設計から抜け落ちていた「大きなお金」の存在に気づくことに――。FPの三原由紀氏が解説します。
「ぜいたくなんてしてないのに、どうして年間800万円も出ていくんだ?」年収1,200万円・老後資金5,000万円の61歳元部長が青ざめた、老後にかかる〈見えないお金〉【FPが解説】
90歳まで計算して初めて見えた、家計簿に載らない「大きなお金」
月38万円という水準は、統計と比べるとどうでしょうか。総務省「家計調査」(2025年)では、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の消費支出は月約26.4万円。「全国家計構造調査」(2024年)でも、同様の世帯で65~69歳は月約30.5万円、75歳以上は約23.7万円です。
もっとも、こうした統計とは費目や世帯条件が同じではないため、単純には比べられません。問題は、金額の多寡ではありません。田中さんは「現役時代より減らしたから大丈夫」と感覚で判断し、資産と年金から毎年いくらまで使えるかを逆算していなかったのです。
そこで田中さんは、Excelの表を90歳まで伸ばしました。65歳で年金が始まり、住宅ローンも完済。70歳で保険を解約し、75歳で車を手放し、80歳以降はさらに生活費を抑える――。それでも、保険を解約する直前の69歳には現預金が500万円ほどまで減り、88歳で底をつく計算になりました。
「88歳まで持つなら……」と思いかけて、田中さんは気づきます。
「待てよ。これ、車の買い替え費用も家の修繕費用も入れていないぞ」
外壁や屋根の修繕、給湯器やエアコンの交換、車の買い替え、旅行。数年に一度の大きな支出は、カード明細に現れません。
医療や介護の費用も入っていません。生命保険文化センターの調査(2024年度)では、介護費用は一時的な費用が平均47.2万円、月々の費用が平均9.0万円、介護期間は平均4年7か月。それぞれの平均値を当てはめると、1人あたり500万円を超える計算です。
80代の赤字は年間25万円ほどと小さいものの、こうした特別費に加え、介護など想定外の支出が重なれば、「底をつく年齢」は何年も早まります。夫婦のどちらかが90歳を超えて生きることも、十分に考えられます。
「5,000万円ある」という残高に安心し、毎月の支出管理と30年の資金計画を同じものだと思っていた。それが田中さんの見落としでした。